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Monday, March 21, 2022

設計は判断の連続、それを支えるもの - ITpro

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設計力の魂

第97回 先輩の背中に学ぶ

寺倉 修

ワールドテック 代表取締役、元デンソー設計開発者

全1967文字

 最近、気になることがある。「先輩の背中を見て学ぶ、などというのは古い考え方だ」と耳にするのだ。先輩の背中を見て学ぶことに重きを置かなくなったのではなく、先輩の背中を見て学ぶことが難しくなってきているのである。テレワークや在宅勤務の普及が、それを遠ざけるようだ。今回はこれをテーマに取り上げたい。

 まず、結論を述べると、テレワークの時代であっても開発設計者として成長するには、先輩の背中は欠かせない。難易度が高い設計課題に立ち向かう設計者は、先輩の背中をおろそかにしないのだ。

 量産設計のスタート時にリストアップする課題を思い浮かべてほしい。開発設計の課題は4つに分類できる。設計課題は、[1]対策が分かっていて確認だけ行えば済むもの、[2]対策はあるが、品質・コストなどのバランスを詰めていく必要のあるもの、[3]対策案はあるが、成立するかどうかについてこれから見極めが必要なもの、[4]対応策が見えていないもの、である。

 最初の2つは先輩からの指示とフォローがあれば対応が可能だ。職場の製品技術や要素技術を身に付けるというハードルはあるが、設計基準などデータベースを活用すれば、先輩の背中まで見なくても何とかなるはずだ。しかし、後の2つへの対応は、先輩の背中が物を言う。

 なぜなら、判断や選択に大いに悩まねばならない課題だからだ。判断を誤ると市場クレームを招き、最悪の場合はリコールに陥る。コストアップの設計となって大きな赤字を抱えることをも覚悟せねばならない。適切な判断が必要なのだ。

必要最小限のデータで判断できるか

 適切な判断を下すには、判断や選択の岐路に立った際に、先輩がいかに悩み、行動して、乗り越えていったかを職場で見て、肌で感じることが大切だ。

 例えば、判断に悩んだときに設計者は追加の試験を指示し、得られた結果(データ)で右か左かを選択しようとする。だが、得られた結果には、測定精度に問題があったり、測定不備などのデータが混じったりしていることもときにはある。データの正しさを見抜く力が必要だ。見抜く力を養うには、先輩がデータをどのように見て判断を下しているのか、その姿を目にすることが大切だ。つまり、先輩の背中が大切なのだ。

 設計者が陥りやすい罠(わな)も先輩の背中は防いでくれる。得られたデータが判断に十分な質と量とは限らない。このとき、設計者は判断を下すだけのデータがないからと、新たなデータ取りを指示して、それを何度も繰り返してしまう。これが罠だ。

 判断の引き延ばしは、スケジュールを遅らせる大きな要因だ。他の部署にまで日程のしわ寄せが行き、開発に大きな支障を来す。設計者が判断せねばならない場は数多い。判断を安易に先送りすることなく、必要最小限のデータで決断せねばならない。

 かつて私にはある先輩がいた。その先輩は管理者で、多くの製品を抱えて多忙であった。それでも判断に迷ったときは、自ら試験・実験の場に出向き、担当メンバーと床に座り込んでは、共に悩んで考えて判断を下していた。安易に追加データを要求することはなかったと聞く。設計担当者は先輩のこうした姿に接することで、設計者として成長できるのだ。先輩がいかに悩み、行動して、判断したのか、その姿に直に接することが大切だ。

「風土」を受け継ぐべし

 もう1つ、先輩の背中から学ぶべきことを取り上げよう。風土を受け継ぐことだ。風土については、第89回のコラムで取り上げた。次のようなことであった。

 風土とは「その組織に所属する多くの人に共通したものの見方や考え方。長い年月をかけて培われ、組織に深く根ざした目に見えない空気のようなもの」、「働く人たちの倫理観はおおむね、風土に左右される」──。

 風土は「倫理観の源」だ。倫理観を左右するほど大切なものなのである。風土がしっかりとしていれば、手抜きは起こり得ないであろう。

 さらに、風土は代々の管理者が醸成してきたとも第89回のコラムで述べた。管理者とは先輩のこと。詰まるところ、先輩の考え方や行いの積み重ねが、今の職場の風土なのだ。考え方や行いとは、とりもなおさず、先輩の背中である。

 後輩であり若手の設計者は、先輩の背中から風土を学び、引き継がねばならない。そして、さらに高めねばならないのだ。もちろん、次の世代に伝えることも大切だ。テレワークの普及は新たな風土をつくるであろう。しかし、企業や職場には変えてはいけない風土があるはずだ。これを「不易流行」と言う。職場環境の変化に応じて変えていかねばならない風土がある一方で、受け継いでいかねばならない風土とは、先輩の背中から学ぶということだ。これを忘れてはならない。

 テレワークの普及が、先輩の背中に学ぶことをおろそかにしていないか、一度振り返ることも大切だ。

寺倉 修(てらくら おさむ)
ワールドテック 代表取締役

寺倉 修(てらくら おさむ) 実務経験に基づく真の「設計力」を定義し、実践的設計論を説く設計分野の第一人者。 1978年、日本電装(現 デンソー)入社。車載用センサーおよびアクチュエーターの開発、設計業務に従事。日本初のオートワイパー用レインセンサー開発、高級車「レクサス」への搭載を実現したほか、20種類以上の車載用センサー、アクチュエーターを開発・設計。 2005年、ワールドテック設立。製造業への開発・設計・生産などの技術を支援。2010年、東京大学大学院経済学研究科 ものづくり経営研究センター(MMRC)コンソーシアムで「モノづくりを支えるもう一つの力『設計力』」と題して講演。企業活力研究会「平成22年度 ものづくり競争力研究会」委員。 2014年、東京大学大学院経済学研究科 MMRCコンソーシアムで「『設計力』を支えるデザインレビュー」と題して講演。著書に『世界No.1製品をつくるプロセスを開示 開発設計の教科書』(日経BP)などがある。

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