Pages

Saturday, March 19, 2022

ウクライナ侵攻、私たちにできることは 荻上チキさんと記者らが対談 - 毎日新聞 - 毎日新聞

kukuset.blogspot.com
左上から時計回りに、荻上チキさん、南部広美さん、真野森作記者、澤田大樹記者、隅俊之記者=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより 拡大
左上から時計回りに、荻上チキさん、南部広美さん、真野森作記者、澤田大樹記者、隅俊之記者=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより

 毎日新聞社は3月10日、TBSラジオ「荻上チキ・Session」と共同で「ロシアのウクライナ侵攻~私たちに今できることは~」と題したオンラインイベントを開きました。ウクライナ難民の急増を受け、イベントの売り上げが難民への支援に寄付される仕組みで緊急開催。参加者は900人を超え、「Session」パーソナリティーの荻上チキさん、フリーアナウンサーの南部広美さんの司会の下、専門家や記者らの報告を聞きながら、いまウクライナで何が起きていて、私たちにできることは何かについて考えました。

 イベントはまず、ロシア現代政治に詳しい慶応義塾大の廣瀬陽子教授が背景を説明。次いで、毎日新聞から前モスクワ特派員の真野森作カイロ支局長とニューヨーク支局の隅俊之記者がオンラインで、TBSラジオから国会などをカバーする澤田大樹記者が登壇。この緊急事態の取材を通じ、現場で肌で感じることについても紹介しました。東京・麻布十番の「毎日江﨑ラボ東京」から配信したイベントの模様を報告します。【構成・山本有紀】

みじんの論理もない戦争

避難しようとするウクライナの人々の列=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより 拡大
避難しようとするウクライナの人々の列=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより

 荻上 2月24日にロシアがウクライナに侵攻しました。現在、停戦協議は続けられているものの、その間も戦闘は続いており、多くのウクライナの人が難民、避難民と化しています。ウクライナに対する市民の輪が広がる中、どういったことができるのかも含めて、現状分析と今後の課題について考えていきます。まずは、この2週間の動きをどうご覧になっていますか。

 廣瀬 そもそも私はロシアの侵攻はないと思っていたんですね。ウクライナ国境周辺に軍を集結させて非常に緊張が高まってましたが、外交的なディール(取引)をするためのブラフ(はったり)と考えていたんです。24日に本当に軍事侵攻が起きて、ものすごくショックを受けました。今回の侵攻について、ヨーロッパ研究者や軍事専門家は侵攻があるとみていた人が割と多かった一方で、旧ソ連やロシアの研究者では、私の知る限り、誰一人侵攻があるとはみていなかったので、私の知っているロシアがなくなってしまったというような強い衝撃を受けています。

 どうやらプーチンは2日ぐらいで(ウクライナの首都)キエフを陥落できると思っていたようですが、実際は、ウクライナ人の国家を守りたいという意思が非常に強く、ロシアには想定外だった。逆にロシア兵士の士気が低かったり補給がうまくいっていなかったりといった、もろもろの問題で思うような展開ができていない。そんな中、最初は軍事目的のみを攻撃すると言っていたが、恐らく3月1日あたりから、全力で街を壊滅させていくという、これまでチェチェン共和国やシリアでやってきたタイプの戦闘方式に変えてしまい、多くのウクライナ人の被害者が出ている。最初からこの戦争にはみじんの論理性もないと思っていましたが、もはや単なる「プーチンの戦争」になってきていると思います。

 荻上 経済、地政学、外交の面から言っても、外交交渉を有利に進めるためのデモンストレーションとみるのが合理的な分析であったはずが、今回、一線を越えた。ロシアの正当性を強く信奉するリーダーが誕生した場合の、別の論理の発動なんだという解説がされることもあります。

 廣瀬 その通りで、今回の動きはこれまでの国際政治やロシアの近隣国に対する外交方針を大きく覆すものであって、国際政治も新たなパラダイム(物の見方)の研究が必要になると思います。今の状況はこれまでのパラダイムでは考えられない。特に今回の紛争についてはプーチン大統領一人の考えで動いていると言って過言ではないと思います。

「2014年」は重要なキーワード

 荻上 2014年にも(ロシアがウクライナ領のクリミアを占領した)ウクライナ危機がありました。チェチェン、ジョージアの問題もあり、これらとの連続性はいかがでしょうか。

 廣瀬 ロシアにとって大事なのは勢力圏構想であって、恐らく今も変わっていない。自分の足元が固まっていなければ、多極的世界の成立といった国際政治での展開にまでいけない。その中でも、とりわけ大事なのがウクライナとベラルーシで、民族的に近く兄弟民族と言われている。さらに、NATO(北大西洋条約機構)の東進ということを考えた場合に、ロシアにとってベラルーシとウクライナはバッファーゾーン(緩衝地帯)になる。

 今回の危機を考える上でも「2014年」は非常に重要なキーワード。プーチン大統領のいろんな発言を見ても、14年からウクライナは変わってしまい、プーチン大統領が大嫌いなアメリカやイギリスが展開する世界に行ってしまったので引き戻さなければいけないと。さらに、今回の論理で言えばウクライナ東部のロシア系住民をウクライナが虐殺しているので討伐しなければいけないというのが、今回のプーチン大統領なりの正当性のつけ方なんですよね。

 荻上 ストーリーですよね。

 廣瀬 ウクライナ危機の際に和平の形としてできたのが、ミンスク合意。要点は、戦闘をやめることとウクライナ東部2州に非常に高いレベルの自治を与えること。ミンスク合意をきちんと履行させるということは、ウクライナのNATO加盟を阻むことになる。だから私は最初、ミンスク合意の履行が落としどころだと思っていたんですが、結局のところロシアが要求しているのはウクライナの非武装化と中立化。ウクライナが主権国家として成立しないような要件を押しつけている。

 紛争が長引くにつれて、ロシアの目的も変わってきているようで、ウクライナの背後に欧米を見るようになってきている気がするんですね。ウクライナを通じて欧米と戦っているような形。ウクライナに対する要求も交渉の度にエスカレートし、プーチン大統領の勝手な願望によって、いろんなことが引き起こされ、先が全く見えない状況になっています。

 荻上 国連憲章違反でもあるし、ミンスク合意も破られた。北方領土であろうが、他の問題であろうが、本当はこうあるべきだと考える主権感覚はあっても、現状を変えるために武力を行使することはやってはならないことだという線引きがある。(ロシアの行動は)2段階、3段階と大きな逸脱が見られますよね。

 廣瀬 今回の攻撃にあたって、プーチン大統領はいろんなことを言っているが、彼の描いている歴史観みたいなのが全て、非常に勝手な独断と偏見に満ちたもので、論理がずれている。ずれているけど、それがあたかも正しい歴史であり、なるべき姿であるかのように押しつけることによって物事が展開されているので、ロシア兵にとってもロシア人にとっても、なんら納得いかない、全くの正当性を持たない戦争になっていると思います。

誰も止められなかった「暴走」

ウクライナ危機をめぐる国連総会の緊急特別会合。圧倒的多数でロシア非難決議案が採択された後、議場に拍手が鳴り響く様子を伝える隅記者のSNS投稿=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより 拡大
ウクライナ危機をめぐる国連総会の緊急特別会合。圧倒的多数でロシア非難決議案が採択された後、議場に拍手が鳴り響く様子を伝える隅記者のSNS投稿=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより

 荻上 プーチン大統領の周辺にいる人物は止めなかったのか。さまざまな主要各国が忠告しても止めることができなかったのか。

 廣瀬 周囲の人間が止められたとは思えない状況があります。プーチンの腹心といわれている4人ですら何も言えなかったと。恐らく一番タカ派とされているパトルシェフ氏(安全保障会議書記)はプーチン大統領と比較的同じ考えを持っていると言ってもいいと思いますが、後の人たちは割と及び腰。国内ではプーチン大統領を止められる人間はいない。

 そして海外を見ると、少なくとも中国の習近平氏(国家主席)は北京オリンピックの時に開戦するなとは言っていたらしいんですね。しかし、ロシアはオリンピックが終わってすぐに攻め込みましたし、今はパラリンピックが行われていますけど、攻撃をやめていない。習氏もストッパーにはならなかったと言えます。

 他方で、ドイツのメルケル元首相が元々ストッパーだったけれど、辞めてしまったのでプーチン大統領が暴走をしたということを言う人もいるんですが、もはや辞めてしまった人がこれから何かを言って、プーチン大統領が行動をやめるとも思えない。となると、平和的に彼を説得できる人が見つからないというのが正直なところです。

 荻上 アメリカが世界の警察からさまざまな段階を踏んで降りていくということは、プーチンの行動に影響しているでしょうか。

 廣瀬 今回バイデン氏が大統領になったということも、プーチン大統領の行動の一つの原理になっていると思うんですね。

 ロシアは14年以降、国際的に孤立して中国に依存してきたが、中国のジュニアパートナーになるのは嫌だという認識を持っていた。どんどんそれが実現化していく中で、プーチン大統領としては鬱積を強めていったはず。バイデン氏はNATOや同盟国との絆をしっかり組み直すということを言っていて、バイデン時代に世界秩序を組み替えれば、ある程度固定的になると思ったんじゃないかなと思うんですね。

 他方で、バイデン氏のことをばかにしていたきらいもあります。ロシアが08年にジョージアで戦争を起こした時に、欧米の対応は非常に甘かった。歴史にイフ(もし)は禁物だけど、私はあの時に欧米がロシアにものすごく強く出ていれば、クリミア(併合)は起きなかったかも、今は起きなかったかも、という思いがあります。オバマ大統領に至っては、何もなかったことにしてゼロから米露関係をやり直そうとした。そのことを、プーチン大統領が相当ばかにしていたということが知られています。バイデン氏はその時の副大統領です。

 さらに、昨年8月のアフガニスタン撤退でアメリカ外交はかなり失態を犯したと思います。それを見て、アメリカはそんなに国際政治的に強くない、今ならいけるという感触を得た可能性は非常に高いのではないかと思います。

ハイブリッド型戦争のフルスケール

ロシアの状況を分析する慶応大の廣瀬陽子教授(写真右)と司会の荻上チキさん=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより 拡大
ロシアの状況を分析する慶応大の廣瀬陽子教授(写真右)と司会の荻上チキさん=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより

 荻上 廣瀬さんは、ロシアがハイブリッド戦争というものをこれから展開していくだろうと分析されていますが、今は旧来型の戦争がまた再興しているという状況もあります。ハイブリッド型という観点からすると、今回の動きをどうみますか。

 廣瀬 今の状況はハイブリッド型の戦争のフルスケールだと考えています。ハイブリッド戦争は3段階に分かれるのかなと思います。非軍事的な部分の戦争が第1段階だとすると、第2段階は軍事的脅迫。例えば、ウクライナ国境に軍を結集して脅迫する。今回の紛争が始まる前夜までの状況がそうでした。第3段階は本当の戦争。

 クリミア併合は第2段階までのハイブリッド戦争と分析できるのかなと思う。最近のロシアは、相手の同盟を揺るがせて自分の同盟を強化するという目的でハイブリッド戦争を展開していたはずが、今回は完全にその目的を超えている。その兆しが見られたのが、2年前のアゼルバイジャンとアルメニアの間の紛争かなと思う。紛争を経てアルメニアの勢力下にあった緩衝地帯を巡って、20年秋に再び大きな戦争になり、結果アゼルバイジャンが大勝した。力で取られた領土は力で取り返すしかないというのを現代に至っても証明したかのように私には思えたので、ウクライナでも奪還するには武力を使わなければならないとロシアが考えたのかなという気もします。

声を上げることが大事な一歩

 荻上 最後に私たち一人一人ができることについてお願いします。

 廣瀬 遠いところで戦闘が起きていて、我々にできることは非常に小さいように思えるかもしれませんが、まずは反戦の声を上げることが大切です。

 ロシアに対していろいろな制裁が行われている中で、我々も無傷ではなく、物価の上昇やエネルギー危機のようなことが起きる可能性も非常に高い。それでも、力による現状変更を認めてはいけない。そこは我々が耐えながら、戦争という手を使わず和平に臨むような形にロシアをなんとか向かわせることをやっていかなければいけない。

 荻上 各地でデモが行われています。こういう行動も、声を上げることの大事な一歩でしょうか。

 廣瀬 そうですね。残念ながら、そうした声がプーチン大統領に届いているかというと疑問ではありますが、制限がかけられる中でSNS(ネット交流サービス)を必死に見ているロシア人もいます。善良な心を持ったロシア人とつながりながら、なんとか武力を使わない形での平和を目指せる世界を一人一人が協力して作っていくことが大事だと思います。

 荻上 60代男性の方から「軍事力による侵略に対して平和主義は力を持たないのか。無力感が強いです」という質問が寄せられていますが、無力感と微力は違い、微力でもできることがあるような状況では、無力感にさいなまれる前に微力な部分をまずトライしてみてはどうか、と私はお話ししています。

 軍事力が特定の地域に行使されていることが直ちに平和主義の無意味さを意味することではない。例えばそれを見て、うちもやろうと他の国が思う社会なのかそうじゃない社会なのかは大きな違いがあるし、そういうものに抗議がある社会とない社会も大きく違う。デモをしても意味がないじゃないかとよく言われるのですが、デモすら起きないでスルーする国でいいのかと考えると、デモは確かに直ちにプーチンを変えることはできない。でもこの時代にこの国で抗議の声は確かにあり、それが日本政府など諸国の政府に対して一定の影響力を行使しようとしていた。政府はそのデモなどの反応を見たうえで、自分たちの国のスタンスとしてはこのような方向はあり得るのだということを理解することも、とても必要になる。

 なおかつ平和外交というものが長らく行われてきたからこそ日本も含めてこの短期間に非難声明を出し、SWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除など、戦闘以外のできることをとにかくやろうというある種の国際合意が得られたわけですね。もし平和主義、平和外交がなければ、ロシアがまたやっている、うちは次どこをやろうかというようなカオスな時代になるでしょう。

 そう考えると、より最悪な事態になっていないのはなぜなのか。現段階でプーチンが核を撃たないのはなぜなのか、そうしたものを考えると、絶望的な気持ちから、これまで積み上げてきた知見を全否定する必要はないと思います。さらには安全保障の専門家も含めて国際秩序の検討もまた必要になるかと思います。

実感した「NATOに加盟したい理由」

開戦直前までウクライナで取材していた毎日新聞カイロ支局の真野森作記者(写真下)と司会の荻上チキさん(左上)、南部広美さん=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより 拡大
開戦直前までウクライナで取材していた毎日新聞カイロ支局の真野森作記者(写真下)と司会の荻上チキさん(左上)、南部広美さん=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより

 荻上 真野さんは、侵攻が始まる直前までウクライナで取材をしていました。

 真野 私が(ウクライナの首都)キエフに入ったのは2月半ばで、ロシアが軍事攻撃をするのではないかという説が欧米メディアを中心に流れていました。キエフの人々は身構えつつも、情報戦じゃないかと半信半疑の方が多かったのですが、1週間くらいたって、アメリカのバイデン大統領から「数日以内に攻撃がある」という話が出て、私もいよいよまずいなと思い、夜行列車で西部のリビウという街に避難しました。パトカーが市役所の周りを回って、ラジオやテレビ、インターネットが切断された時には「パトカーのスピーカーから皆さんに情報をお伝えします」と呼びかける訓練があったりしたのですが、その訓練をした日の翌朝、攻撃が始まった。朝7時ごろ、空襲警報のような音が鳴り響き、本当に戦争が始まったんだと思いました。

 ポーランド側に越えるまで4時間くらいかかりました。「ポーランドはNATO(北大西洋条約機構)加盟国なので攻撃はされないだろう」。そう思ってほっとした時、ウクライナの人たちがNATO加盟を求めていた理由が、こういうことだったのかと思いました。

 荻上 短期間で多くの難民、避難民が発生しています。

 真野 戦争が始まる前にキエフで取材していた時には、自分たちの国を守りたいという声が多かったのですが、今はほぼ無差別攻撃になっているので、子どもやお年寄り、女性などが自分の命を守るために(国を)出ようというのは当然だと思います。

 荻上 今回のロシア侵攻をどのように受け止めていますか。

 真野 ここまで荒々しく破滅的に戦争、侵略を行うというのは大きな驚きではありました。ただ、(ロシアによるウクライナ領のクリミア併合があった)2014年より前からずっとロシアを見ているので、ウクライナを支配下に置きたいという欲望は非常に感じられました。これまではそれをハイブリッドな形でやっていたんですが、ついに破滅的な形でやってしまったんだとショックを受けています。

進むロシアの報道統制――日本メディアは今

 真野 ロシアの内政面では、報道統制が非常に厳しくなってきています。刑法が改正されて、フェイクニュースを流せば最大で禁錮15年となりました。フェイクとは何かというと、ロシア政府がフェイクと言えばフェイク。代表的なのが、戦争ではなく「特別軍事作戦」であり、これを違うように表現すると罰せられることになっている。

 報道は政府の声をそのまま伝えるプロパガンダのみ許される。デモに出ている人たちは勇気がある人たちだと思うけれど、ロシア全体では少数派です。

 荻上 報道規制や言論統制はどこまで進むとみられますか。

 真野 近年ずっと続いていて、報道統制強化も完成版に近い気がしています。英BBCはいったん報道を中止したが、8日から再開しました。あくまで戦争という言葉は使わないけど、ロシアの国営メディアを今回の戦争を受けて辞めたという女性のインタビューを取っていたりして、非常に攻めている。このぎりぎりの線にロシア当局がどう反応するか。

 どのような報道をしたらどのような罰が下されるかまだ分からない。これまでのように街でのデモを取材しているだけで、拘束されて禁錮15年ということになってしまったら、報道ができなくなってしまう。そのため、日本メディアもいったんモスクワからの報道を控え、状況を確認しているというところです。

 ロシア国内の状況としては、プロパガンダで多くの人がそれを真に受けている面はあるが、世代間の違いもあります。中高年になればなるほど情報源がテレビになるし、大都市よりも地方都市の方がその傾向が強い。若い人はネットやSNS(ネット交流サービス)などでバラエティーのある情報を吸収している人が多く、昨年ロシアでデモが起きた時も、肯定的に見ているのは若者が中心でした。若者ほど政権の動きに比較的反対しているが、彼らこそ戦争の前線に立たされているという矛盾もあります。

 荻上 ロシアを一枚岩として見るのではなく、レイヤー(層)ごとに見ていくことも必要だと思います。

ウクライナ危機に対するアメリカの反応

国連の取材をしている毎日新聞ニューヨーク支局の隅俊之記者(写真下)と司会の荻上チキさん(左上)と南部広美さん=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより 拡大
国連の取材をしている毎日新聞ニューヨーク支局の隅俊之記者(写真下)と司会の荻上チキさん(左上)と南部広美さん=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより

 荻上 世界各国はいろんなリアクションをしています。隅さん、現地での報道はいかがですか。

 隅 ほぼ毎日、1面トップで取り扱っていて、経済制裁の効果がどのくらいか、自国にどういう影響があるのかという点に一番注目が集まっている感じがします。(私の住む)ニューヨークの街の様子としては、国連本部の前やタイムズスクエアでは連日デモが行われ、ウクライナ料理レストランには長い行列ができる一方、ロシア料理店は客足が落ちています。

 荻上 金融措置によってこれから経済的影響も出てくると思いますが、市民の反応はいかがですか。

 隅 バイデン政権になってからインフレが問題になっている中での経済制裁なので、ガソリンの値段や物価が上がっていくのではという懸念は強いと感じます。世論調査を見ていると、ロシアに対して経済制裁をすべきだという声は大体70%くらいあって、非常に高い。ウクライナに兵器を送るべきだという声も65%くらいあります。でも、米軍を送るべきかという話になると、70%くらいがNOだと言っているんですね。YESは29%くらい。アフガン戦争やイラク戦争の失敗が色濃くあって、支援はしないといけないという意識は強いけど、アメリカが自ら血を流すことに関しては否定的な意見が多いです。

 荻上 日本から見ると、29%が派兵に対してYESというのはアメリカという国の特徴を表しているような場面でもありますね。

世界141カ国が賛成した非難決議

 荻上 ロシアとウクライナの現状に対して非難声明が出される動きもありました。国連の現場はいかがでしたか。

 隅 今回焦点になったのは、ロシアを非難する決議を採択できるかどうかでした。国連安全保障理事会は国連憲章で国際の平和と安全に対する責任を負うことが決められていますが、ロシアが拒否権を行使することで、非難決議を採択することができませんでした。

 それによって、ロシアを安保理から排除しろ、国連から除名してしまえという議論もありました。ただ、「国際社会の声はこうだ」と突き詰めて示す場は、国連しかない。輪の中に巻き込んで、そのような場を維持することが非常に重要だったのではないかなと思いました。

 荻上 今回の決議を巡って、国家間の温度感はどうでしたか。

 隅 安保理ではなく、議論を国連総会という全加盟国が参加する会議に持ち込んで採択しようとなりました。14年にクリミアを併合することについて無効だとする決議案が採択されましたが、この時は賛成が100、反対が11、棄権が58。今回は、賛成が141、反対5、棄権が35ということで、賛成が大幅に増えて棄権が減った。反対した国はロシアと非常に近い国だけで、ロシアとしては陣営を次々と切り崩されていった形となりました。

 荻上 クリミアまではしょうがないと思っていた国でさえ、今回は非難的な立場に回った背景は。

 隅 各国の危機感だと思います。国連総会での各国の演説を聞いていると、武力でもって隣国に侵攻し領土を変更していくことは国連憲章に明確に反する。同じようなことが自分の国でも起きるんじゃないかと不安を抱いた国はたくさんあったと思う。

中国は国連でどう動いたか

 隅 一番大きかったのは中国の動向だったかなと思います。安保理決議については、ロシアと協調して拒否権を行使するのではという観測が強かったが、決議案からロシアの侵攻を非難するといった言葉がいくつか削除されて、棄権に回るという判断になりました。

 ロシアの侵攻について中国側の発言を見てみると、今の状況は中国が見たくなかったものであるとか、非常に心を痛めているとか、そういうような表現をしていて、ロシア側に明らかに不快感を示している。同時にNATOの東方拡大に対するロシアの懸念については配慮すべきだというような言い方もしている。中国は敏感に今の情勢を注意深くみているんだなという感じがします。

 ロシアがさんざん非難されて国連で孤立し、信頼を失っている。中国はすぐ隣でそれをじっと見ているわけです。こういう状況に立たされた時に自分の国は耐えられるだろうか、それは無理だなと多分思っている。ウクライナ侵攻を受けて中国が台湾に侵攻するんじゃないかというような話をする人がいますが、中国はその点に関しては非常に注意深く国際情勢を見ていると思う。そういう意味でも、これだけの国が大きな声を示したということは、他の国の暴走を止める、ちゅうちょさせるという一定の効果があったと感じています。

 荻上 国連の場で、印象に残った場面はありましたか。

 隅 普段は中国・ロシアと欧米が対立して話が進まない場面ばかりで、会議を見ていてもつらいなと思う時が多いが、今回の総会は印象に残る演説が多かったです。特に、ウクライナのキスリツァ国連大使が記者会見で言った「国連はまだ生きている」という言葉が印象深く残っています。国連の機能不全や国連への不信が長らく言われてきましたが、その中でまだ国連は生きている、期待を持っていると語った。だからこそ国際社会がどこまでウクライナを支援できるのかが問われているし、それを裏切ればキスリツァ大使は「国連は死んだ」と言うでしょう。

「友達に銃は向けられない」

国会を取材しているTBSラジオの澤田大樹記者(写真下)と司会の荻上チキさん(左上)と南部広美さん=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより 拡大
国会を取材しているTBSラジオの澤田大樹記者(写真下)と司会の荻上チキさん(左上)と南部広美さん=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより

 荻上 澤田さん、ウクライナからの難民受け入れについて国内の動きはどうでしょうか。

 澤田 難民が200万人を超えるというような話も出ており、日本も遅ればせながら、今月に入って8人受け入れたということが国会の質疑の中で出てきました。

 荻上 日本には1900人近くウクライナ人がいるので、日本に来たい人は潜在的にいると思う。その中で8人という数字をどうみるか。日本の難民受け入れの歴史としては標準以上のことをしている。でも世界から見たら大変少ないという状況。

 澤田 2020年に難民として認められたのが40~50人。なので8人というのは多い。法務委員会の質疑では、難民認定されるに至るまでも1人あたり25カ月かかるという話も出ている。今回の方々に関しては難民認定されたわけではなく「避難民」として扱うということだが、それにしても短期で受け入れた。難民を受け入れることに対して拒否反応を示すことの多い自民党の中からも、さすがに今回は受け入れるという話が出ている。ただ、その中には、「難民ではなく避難民なんだ」ということを強調する人もいますね。

 荻上 難民と避難民の区別は何を根拠に言っているんですか。

 澤田 よく分からないです。今回は、ロシアから攻撃を受けてウクライナにいられなくなって逃げてきた人と特定しているが、ミャンマーの軍事政権が出てきた時の人たちはどうなのかとか、そういうところが具体的に定義されているわけではないです。

 荻上 誰を難民と定義して受け入れるかは各国の裁量でできるので、あくまで避難民として受け入れるというのは、国際社会の定義の問題ではなく日本政治の問題。そこに関しては外国人嫌悪というものが示されているということになりますよね。

 澤田 根底には間違いなくあって、政府は答弁の中でも「難民という定義としては……」ということを枕ことばとして言う。今後(受け入れ者数が)増えてきた場合、生活をどう支援していくか、仕事や教育をどうするかといった話についてはまだ定まっていない。今は8人だから対応できているけど、100人、200人になった時に対応できるとは到底思えない。国会の質疑を通して野党も日々いろんな委員会で聞き続けていて、そうやって動かしていくしかないんだろうなと思います。

 荻上 こういった日本での議論を真野さんはどう思いますか。

 カイロ真野 話を聞きながら、1917年のロシア革命が起きた後に亡命したロシア人(白系ロシア人)について思い出していました。日本にも数千人の白系ロシア人の方がいたと言われています。

 各国が今どういう対応をしたかは後々に響くことだってある。日本もかつて戦争から逃れるために難民が出た。今後、東アジアがどうなるかを考えると、自分たちを守るためにも他の人たちも守るという観点があってもいいのかなと思います。

 ニューヨーク隅 アメリカにいれば明確に分かることですが、移民や難民としてやってきた人たちが身近にいて、彼らによってアメリカは強くなってきた。日本が島国として意識を持たざるを得ないという面も理解はできるけど、変わらなきゃいけないし、それが世界の常識になっているんだと考えるべきだと思います。

求められる横のつながり

 荻上 今日はいろんなメッセージが届いています。「バイアスがかかっていない正しい情報の見分け方を教えてください」という指摘ももらっています。前提として、バイアスのないメディアや人間は存在しません。世の中に「ザ・リアル」「ザ・ファクト」が存在することはありません。毎日新聞だけ、Sessionだけというのではなく、それぞれの媒体、自分にもバイアスがあることを知ったうえで見比べることがとても重要だと思います。さて、我々には何ができるのかというのが今日のテーマです。

 ニューヨーク隅 国連は世界中から記者が来ていて、私も仲の良いロシア人の記者がいます。開戦後、その記者に会った時に、向こうが「子どもと遊べている?」と言うから、冗談っぽく「おたくの大統領のせいで無理なんだけどね」と答えたら、ものすごく悲しそうな顔をするんですよね。その時に思ったのが、僕は彼と友達なので彼に銃口は向けたくないし、引き金はひきたくないなと。そういう意味での友達がいるって大事だなと思ったんです。

 自分の目には見えない存在の人たちに対して、兵器を打てばいい、ミサイルを撃ち込めばいいという議論はできるけど、自分の知っている人に対して銃口は向けられない。人と人との横のつながりが積み重なっていくことはすごく大事で、一人一人の力は無力ですが、その声が高まって世論が形成されていくことによって、為政者はそれを考えなければいけなくなっていく。ロシアの中では少数派だけど戦争を止めろという声はあるし、ロシア軍の中でも「この戦争は間違っているんじゃないか」という声も出てきていると聞く。

 国連にいると、夢物語みたいな話は結構無視される。拒否権を持っている国、核兵器を持っている国が強く、それが全てを変えていっているという現実があるから。気軽に涙っぽい話もできないんだけど、それが大事なんじゃないかなというのは、今回のことを見てちょっと思いました。

 荻上 大国間のパワーポリティクス(権力政治)の中では情やつながりは軽視されて、武力や経済力というビッグパワーによって語られる状況はある。ただ、どの戦争でも恨み以外の感情のよりどころが後の和平のつくり方や歴史語りにおいて重要な意味を持つというのは当然あるわけですよね。

人道支援の現場は今

ウクライナ危機をめぐる国連総会の緊急特別会合で、ロシアを非難し、軍の完全撤退などを要求する決議案に賛成、反対、棄権をした国=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより 拡大
ウクライナ危機をめぐる国連総会の緊急特別会合で、ロシアを非難し、軍の完全撤退などを要求する決議案に賛成、反対、棄権をした国=2022年3月10日、Zoomのスクリーンショットより

 ニューヨーク隅 国連にとって非常に重要なのは、人道支援の問題。国連は向こう3カ月で、ウクライナ国内で11億ドル、つまり1200億円くらいが必要だと言っています。ただ、昨日の会見によると、8・9%しか集まっていない。お金が圧倒的に足りない。寄付は身近にできる大きな支援だと思います。

 もともとアフガニスタンやイエメン、ミャンマーなどで多くの人道支援が必要とされている。WFP(世界食糧計画)は小麦の約半分をウクライナから購入しているので、戦争によって、ウクライナでの生産量が下がっていくと、人道支援に充てられる量も減っていく。今回のウクライナ危機は世界中のすでに苦しんでいる人たちをさらに追い込んでいくことになってしまう。そういうことも考えたうえで、今ひとつ支援を強めていくことは大事なのかなと思います。

 荻上 国連は各国に支援を呼びかけ、日本は先日、まず1億ドルを出すと発信していました。こういう動きについてはいかがですか。

 ニューヨーク隅 金銭的な負担をすることは非常に重要だし、もう少し声を大にして言っていいと思います。お金だけ出して人を出さないのかという議論は確かにあるけど、お金を出すというのは非常に大きな国際社会への貢献であると思います。

 荻上 真野さん、我々にできることという点ではどうですか。

 カイロ真野 情報の取り扱い方に関してはさっき荻上さんがおっしゃいましたが、大変なことだけど、みんなで考えていかないといけない。そして、日本人の生活にも今回の危機が影響してくることは間違いない。小麦の価格もすでに上がっています。だったらウクライナは早く降伏すればいいじゃないかという見方をするかもしれないが、それは属国を意味する。

 守るべき価値観は何なのかというところが原点だと思う。将来の自分たちや子孫を守ることにもつながるので、短絡的に対岸の火事、人ごとというわけではない。特にロシアは隣国なので、よく考えなければいけないなと思っています。

無力感の先に今できること

 荻上 南部さんはここまでの議論でいかがですか。

 南部 日々いろんなニュースに触れる中で、その情報と自分との距離を取ることも頭の中に置いておかないと、のみ込まれてしまいそうになる。時々、無力感にさいなまれて潰れそうになる自分を立て直さなきゃという気になります。もちろん記者は日ごろの訓練の中でそのあたりの対応力を培っていると思うが、普通にニュースに触れる一般の人の立場からすると、そこは気をつけないといけないなと。

 荻上 この2週間、すごい落ち込んでいるもんね。

 南部 いろんな報道に積極的に触れていくにつれ、それに耐えうる自分を持っていないということに気がついたり。寝ている間にとんでもないことが起きたらという気持ちにもなり、そうなると自分自身が潰れてしまう。どんな方にも起こりうることかなと思って、言葉にしてみました。

 カイロ真野 (ウクライナから)避難した時のことについては、安全面で避難せざるを得ないと思っていますが、残るメディアもある中で残った方が良かったのかなと思うことも。無力感は常に感じるところではあります。

 澤田 今朝、NHKの番組「あさイチ」で東日本大震災の映像を見た瞬間に全身鳥肌が立ちました。私は東日本大震災の取材に携わり、発生直後の福島や宮城にも行っていたので、10年たったけど体が覚えているなと思いました。ただ、東日本大震災をきっかけに寄付という文化も一気に広がったような気がしています。いろんな支援団体がある中で、どこに支援するか吟味して、寄付先を選ぶことも大事だと思います。

 さらに、今回のウクライナの危機について現状を変えていかなければいけないと考えている議員は与野党を問わずいるので、そういうところを応援していくことも必要です。永田町はファクスや電話が寄せられると喜ぶとよく言われるが、現場にいかなくても関われることがたくさんあると思う。動ける方には動いてほしいなと思います。

 ※肩書やデータなどは2022年3月10日現在のものです。

   ◇

 イベント参加者900人超の売り上げからチケットサイトの手数料を除いた合計約150万円について、毎日新聞社は今後、国連UNHCR協会を通じてウクライナ難民の支援活動に寄付します。

 また、このイベントはアーカイブ配信を販売中です(こちら)。イベントと同様、アーカイブ視聴の売り上げもチケットサイトの手数料を除き、国連UNHCR協会に寄付します。

Adblock test (Why?)


からの記事と詳細 ( ウクライナ侵攻、私たちにできることは 荻上チキさんと記者らが対談 - 毎日新聞 - 毎日新聞 )
https://ift.tt/pZqHw4K

No comments:

Post a Comment