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Thursday, April 16, 2020

売れない女優・夢は、久しぶりに大学時代の演劇仲間と再会し……。夢と現実の狭間でもがく、〝こんなはずじゃなかった〟私たちの人生。こざわたまこ「夢のいる場所」#2-2 | こざわたまこ「夢のいる場所」 | 「連載(本・小説)」 - カドブン

こざわたまこ「夢のいる場所」

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がわさんさあ。ちょっといい?』
 昨日、帰宅間際店長に呼び止められた。
『長谷川さん、大学の時エンゲキやってたって面接の時言ってたじゃない。あれ、うそ?』
 店長の薄ら笑いが、今も頭にこびりついている。
『真面目にやってくれてるのはわかるけど、もうちょっとどうにかならないかな、レジ。全然声も出てないし』
『今日、ヘルプのピンポン鳴ってたのになかなか出なかったでしょ。駄目だよ、新人なんだから。ああいうのは一番に反応しないと』
『職場も舞台だと思って、がんばっていこうよ。こういう時に女優魂出さなくて、いつ出すの』
 接客業務は、私の苦手分野だ。学生時代、コンビニバイトですら長く続かなかった。常連客のばあさんには愛想がないとののしられ、バーコードの読み取りに手間取っていると、高圧的なサラリーマンに舌打ちをされる。時折ヘルプでレジに立つと、私のレジにだけ長蛇の列ができることもしばしばで、その度に店長の視線が痛い。
「……接客は演技のつもりでとか、アドリブ利かせて、とか。なんでも芝居にたとえて仕事教えてこようとするの、無理がある」
 ジョッキから唇を離し、ぶは、と息を吐くと、一瞬の静寂の後、ぶっ、と翔太が噴き出した。
「それめっちゃわかるわー! だよな。相手は自分に寄せてきてくれてるのかもしれねーけど、逆に馬鹿にされてる気持ちになるっていうか」
 言いながら、翔太が大きくうなずいた。少し遅れて今日子も笑って、拓真は少し離れた場所から、同意とも否定ともとれるような微妙な顔で、私を見つめていた。
「夢のぶっちゃけモード、久々に見た。なんか懐かしい」
「前もあったよな、こういうの。先輩達につっかかっていった時あったじゃん。あれ、超すっきりしたわ」
「ていうか夢さん、飲み過ぎじゃね?」
「今日ぐらい、いいだろ。久々なんだし。あ、すみません。日本酒もう一合ください」
 喋っているうちにもっと脂っこいものが食べたいという話になり、メニュー表の揚げ物のページにある商品を端から端まで全部頼んだ。悪ノリに悪ノリを重ねたような注文の仕方をするのは大学を卒業してから初めてのことで、なんだかやけに楽しく、私達ははしゃいでいた。
 口汚い言葉で上司を罵ったり、お互いがやらかしたミスの数を言い当てたり。自分がいかに学生気分から抜け出せず、社会人に向いていないかということを、まるで競うかのように打ち明け合った。多分みんな、不安だったのだと思う。私達の愚痴の矛先はついに、さっき観たばかりの劇の内容にまで向くこととなった。
「ていうか、チケ代とクオリティが釣り合ってねえんだよ」
「いつも思うんだけどさ、五十人キャパの劇場で見せられる本格ファンタジーってなんなんだよ。成功例見たことねえんだけど」
「大体どういう世界観だよ、あれ。なんでとエクソシストが同じ時代の同じ場所に存在してるわけ?」
「パイプ椅子に二時間半も座らせられる客の身にもなれ」
「単純におもしろくねーんだよ、あいつの書く台本」
「演劇一本でやっていきますとか、寝言は寝て言え」
 意外にも、先輩に対していちばん多く毒を吐いていたのは拓真だった。どうやらよっぽどうつぷんまっていたらしい。
「あんなんより、サラリーマンの俺達の方が絶対面白いもん作れるし!」
 翔太の言葉に、私と拓真で「そうだ、そうだ」と合いの手を入れる。店内はいつのまにか他の客の姿が消えていて、ほとんど貸し切り状態だ。店長らしき男性が、早く帰れという顔でちらちらとこちらをうかがっていた。
「つーか、やればいいじゃん」
 え、と声のした方を振り返ると、それまで黙って話の成り行きを見守っていた今日子が、きょとんとした顔で私達を見つめていた。
「翔太が演出やって、拓真が脚本。夢が役者でしょ。それで、よくない? 大学の時とたいして変わんないし。私当日の受付とか手伝うよ、そしたら。役者が足りないんだったら、ワークショップとか開いて集めればいいし」
 今日子の意外な言葉に、そこにいた全員が、え、と顔を見合わせる。翔太が戸惑ったように、いや、それはさ、と口を開いた。
「なんで? もしかして、びびってんの? じゃあ今まで言ってたのって、全部口だけ?」
 今日子の挑発的な言葉に、なんだよそれ、と身を乗り出しかけた翔太を、拓真が押さえる。今日子がいたずらっぽくウインクしたのに気づいたらしい。
「そんなに言うなら、自分でやればいいじゃない」
 店内が、しん、と静まり返った。いつの間にか、店長は壁にもたれたまま、こくりこくりと舟をいでいた。
「……やってみるか」
 翔太が空になったジョッキをテーブルに置いて、そう呟いた。すると、いつもこういうシチュエーションでは黙って話の流れを見守っているはずの拓真が、珍しく自分から口を開いた。
「夢さんは、どう思う」
「え、なんで私」
 いきなり話をふられ、言葉に詰まる。なんでってそりゃ、と言いかけた拓真をさえぎって、今日子が「絶対やった方がいいよ」と強く言い切った。
「ていうか私、夢の演技が見たいんだよね。だって絶対もったいないもん、このままやめちゃうの。私昔言ったでしょ、夢に」
 今日子の言葉には、一切の迷いが感じられない。俺らは夢のついでかよ、と口をとがらせた翔太に、当たり前でしょ、と今日子が言い返す。
「いくら役者がよくたって、脚本と演出がいなくちゃ始まらないじゃん」
 ね、きまり、と今日子が笑った。
 私を真っぐ見つめる今日子の瞳に、不安気な顔をした自分の姿が映っていた。それがどうしてか、毎日嫌になるくらい目にしているはずの、黒い油の中の自分と重なって見えた。白いマスクも、エプロンも着けていない今の私は、今日子の目にどんな風に映っているんだろう。
「……わかった。やってみる」
「そうこなくっちゃ」
「ま、いいんじゃないの。プロより面白い社会人劇団、ってのも」
 拓真がそれを口にした瞬間、かちり、と歯車がみ合う音がした。そこにいた全員が顔を見合わせる。少しして、翔太が拓真の台詞を繰り返した。それが、自分達にぴったりのキャッチフレーズだというように。プロより面白い、社会人劇団。
「いいじゃん、それ。ていうか拓真、お前けっこうやる気だな」
「多方面にけん売ってる気がしないでもないけど」
「それくらいがよくね?」
「よし、じゃあ仕切り直し。じゃあこれ、決起集会ってことで。みんな、ビールでいい?」
 すみません、と今日子が手を上げかけたその時、今までどこに隠れていたのか、両手いっぱいに皿を持った店員が四人、へいしきった顔で座敷に顔を出した。忘れた頃にさっき注文した揚げ物の皿が全部届いて、テーブルの端から端まで揚げ物で埋められていく。
 私達は、誰が頼んだんだとか胃がもたれるとか散々文句を言いながら、それでもなんとかそれらを食べ切った。自分達の悪ふざけのツケを払うことに、なんのちゆうちよもなかった。それすらも楽しいと思えるほど楽観的で考えなしで、そしてただただ若かったのだと思う。
 そんな風にして、私達は生まれて初めて社会人劇団というものを結成した。劇団名は、ビューティフル・ドリーマー。名付け親は拓真で、昔のアニメ映画が元ネタだそうだ。翔太は「アニメはジブリ以外認めない」という理由でその映画を観たことがないらしく、拓真からは映画好きを名乗るなとかなんとか、ボロクソに言われていた。
『まあなんつーか、自戒も込めて、っていうか。俺らみたいなのに、ぴったりの名前だと思うんだよな』
 夢さんも気が向いた時観てみるといいよ。そう言って拓真が貸してくれたDVDのパッケージには、見覚えのある絵柄で、緑色の髪に虎柄の下着姿の女の子のキャラクターが描かれていた。有名なラブコメアニメの劇場版らしい。これってどういう映画、と聞くと、拓真は間髪をれずにこう答えた。
『すっげえキラキラした悪夢みたいな映画』

 入社して一年が経った頃、同期が「夢の中でも油の臭いがするようになった」という書き置きを残して突然会社に来なくなった。周囲には、かなり早い段階で辞めたいとらしていたらしい。それから一ヶ月ほどして、同期の穴埋めに本部から派遣されてきたのは、ならはしさんという中年男性だった。
 当初、どんな人が来るんだろうね、と期待に胸を膨らませていたパートのおばちゃん達の笑顔は、噂の新人が四十四歳の男性である、という情報が出回り始めた頃から徐々に曇り始め、初めての出勤日、楢橋さんがに草履にニット帽、という謎の業界人スタイルでみんなの前に姿を現した瞬間、跡形もなく消え失せた(店長に注意されてからは普通のかつこうになった)。
 楢橋さんは今まで、様々な職を転々としてきたらしい。ここに来る前は十年近く、商業施設の夜間警備をしていたんだそうだ。言われてみれば、楢橋さんの目元には長年の昼夜逆転生活によって染みついたらしい濃いくまが浮かんでいた。
 その日、お昼休憩に入るためにタイムカードを押していると、入れ違いに出て行こうとしていた楢橋さんから突然声を掛けられた。ちょっといいですか、と言われて振り返ると、楢橋さんは開口一番、「長谷川さんって、プライベートでエンゲキやってるんすよね」と聞いてきた。
「えっ」
「さっき、店長から聞いたんですけど」
 店長め、余計なことを、と心の中で毒づく暇もなく、楢橋さんが満面の笑みで続ける。いいっすね、エンゲキ。心にもないような口調で、そう呟いた。
 黙り込んだ私をよそに、楢橋さんはもったいぶった口調で、ここだけの話なんすけど、と声を潜めた。私にとっておきの秘密を打ち明けるように。
「僕も、なんですよ」
「……は?」
 楢橋さんはしばらくの間、黙って自分の顔を指差していたものの、私の反応の鈍さに業を煮やしたのか、ついに語気を強めて、「僕も、音楽やってるんです」と身を乗り出した。
「いやあ、うれしいなあ。ここで、そういう話ができる人と会えて」
 話を聞いてみると(というか、楢橋さんが勝手に喋り出したのを要約すると)、楢橋さんはミュージシャン、正しくはミュージシャン志望らしい。職を転々としていたというのも、音楽活動を優先するために仕方のない選択だったという。
 十代からロックを志し、地元福岡の同級生とバンドを組んだこともあった。そのバンドが二十代の終わりに空中分解して、それからはずっとソロで活動しているらしい。今は自主制作のCDを手売りして、出演するライブも全て自分でブッキングしているんだそうだ。
「こう見えて、バンド時代にインディーズで一枚だけCD出したこともあるんですよ。その時のプロデューサーと意見が合わなくて、喧嘩別れしちゃいましたけど」
「ヒットチャートとか売れ線とか、誰かのものみたいな歌は歌いたくなかったんですよね」
「チケットノルマもきつくて。若いと、足元見られるでしょう。そういうのが嫌で、事務所も辞めちゃったんですよねえ」
 なんかすごいですね、と口にすると、楢橋さんは「すごい」をそのままの意味に受け取ったらしく、そんなことないですよ、と顔の前で大きく手を振ってみせた。
 楢橋さんの話は、二十代前半の──つまり、自分と同年代の若者のたわごと、と思えばすんなり受け入れることもできたのかもしれない。でも、そうではない。楢橋さんは年だけで言えば、私というより私の親に近いくらいの年齢だ。二回り近く年の離れたいい大人が、バイト先の休憩室でこんなことを言っている。そのことが、衝撃だった。
「……ませんか?」
「えっ?」
 頭がぼうっとしてしまい、いくつかの言葉を聞き飛ばしてしまった。すると、楢橋さんが私の反応を探るように、ぱたりと口を噤んだ。気づくと、楢橋さんがじっと私の顔を見つめていた。なんですか、と口を開きかけたその時、背後で、きいい、と金属が擦れ合うような音がした。
「楢橋君? なにやってんの」
 振り返ると、店長が休憩室の扉から顔を出し、こちらの様子を窺っていた。楢橋さんがそれを見て、あたふたと椅子から立ち上がる。
「あ、店長。これはその」
「……君の休憩時間、とっくに終わってるから。さっさと戻って」
 それからしばらくの間、店長のお説教は続いた。最後には、巻き添えで私まで怒られてしまった。長谷川さんも一緒に遊んでないでちゃんと休憩とってください。店長がようやく姿を消すと、それまでへこへこと頭を下げていた楢橋さんが突然能面のような顔になり、扉の隙間に向かってぼそりと吐き捨てた。
 いつもねちねちうるせーんだよ、クソが。
 普段の腰の低さが噓のような、ひどく乱暴な口調だった。驚いて顔を上げると、楢橋さんもそれに気づいて、はっとした表情で私を見返した。よっぽどばつが悪かったのだろう、へらりと笑ってみせる。今のは誰にも言わないでくださいよ、とでもいうように。

#2-3へつづく
◎第 2 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!



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April 17, 2020 at 05:01AM
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