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Thursday, September 8, 2022

【レビュー】「フィン・ユールとデンマークの椅子」東京都美術館で10月9日まで 北欧家具を見るだけでなく体験も - 読売新聞社

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日本でもファンが多い北欧家具は、シンプルで機能性に富んだデザインが人気です。この展覧会は、北欧デンマークの家具デザイナー、フィン・ユールの椅子を中心に、その背景となったデンマーク家具の歴史も紹介し、風土に根差した伝統とモダンなデザインの融合を感じされる興味深い展示となっています。

「彫刻のような椅子」と評され、有機的なフォルムの美しさが特徴とされるフィン・ユールの椅子ですが、椅子は人が座ってこそ、というのも事実。特に、コロナ下で在宅勤務が広がり、家で過ごす時間が増えると、座っている時間も勢い長くなり、座り心地のいい椅子の需要も増えたことでしょう。だからこそ、展覧会の最終章は、実際に座って確かめられるコーナー。3章構成の第1章、第2章で鑑賞した椅子の座り心地を、最後の章で体験できます。それを楽しみに、まずは第1章から見ていきましょう。

第1章 デンマークの椅子-そのデザインが育まれた背景

展示室に入る前から、これでもかというほど様々な色と形の椅子の数々に圧倒されます。1940年代から60年代にかけてのデンマーク・モダン家具の黄金期に制作された作品ばかり。この中から一番好きな椅子を選ぶとしたら……との誘惑に負けそうになりますが、まずは最初の展示室に進めましょう。

ここでは、家具デザイナーとしてのフィン・ユールが誕生する背景となったデンマークの家具デザインの伝統について紹介されています。

左は、デンマークの家具デザインの父と呼ばれるコーア・クリントのフォーボーチェア(1914年)。デンマークのフォーボー美術館の展示室用に作られたため、こう呼ばれています。右の椅子もクリントのデザイン

クリントは、デンマーク王立芸術アカデミーに1924年に創設された家具科の初代責任者に就任した人物で、過去の優れた家具を分析し、新たにデザインし直す「リデザイン」という手法を確立しました。
上の写真のフォーボーチェアも、古代ギリシャのレリーフに見られる椅子をリデザインした作品です。確かに、後部の脚の曲線など、オリンピックの聖火採取で見た古代の服装をした貴婦人が座っていそうな優雅なフォルム。古代ギリシャの椅子が20世紀の北欧で機能的によみがえったと考えると、なんだか感慨深いものが感じられます。

デンマーク家具の伝統は、マイスターと呼ばれる木工職人たちと家具職人組合に支えられてきました。マイスターたちが高い技術で家具を製作すると同時に、若い弟子たちを育てて技術を継承し、組合は製作工房の経営に関することを引き受けるという分業が確立し、安定した生産を可能にしていたそうです。

そしてもう一つ、デンマーク家具を語る上で欠かせないのは、デンマーク生活協同組合連合会(FDB)の家具部門、FDBモブラー(モブラーはデンマーク語で「家具」)の存在です。クリントの下で学んだ家具デザイナー、ボーエ・モーエンセンが1942年に責任者に就任すると、国産木材を使った低価格で実用的な家具の開発を始めました。こうしてデンマークでは、質の良い、デザイン的にも優れた家具が、広く庶民に届く仕組みが作られていたのです。

手前の2脚はボーエ・モーエンセンのデザインでFDBモブラーの看板商品だったアームチェア(1944年、47年)

2章 フィン・ユールの世界

フィン・ユールは1912年にデンマーク・コペンハーゲン近郊で生まれました。美術史家を目指そうとしましたが、父の反対にあい、王立芸術アカデミーの建築科へ進学。在学中から働き始めた建築事務所に11年間勤務するかたわら、家具デザイナーとしても活動し、家具職人組合の展示会で毎年作品を発表しました。

一番右のピンクの座面が鮮やかな作品は、初期の代表的なソファ「ポエトソファ」(1941年)。その手前の黒い椅子は「ペリカンチェア」(1940年)。発表当時は斬新すぎて商品化されなかったそうです
ひじ掛けの曲線が美しい「イージーチェア」(1945年)は、フィン・ユールの代表作であると同時に、デンマークを代表する椅子

フィン・ユールが家具のデザインを発表し続けられたのは、ニールス・ヴォッダーという家具職人と出会ったことが大きく、ヴォッダーの工房で熟練した職人の技術で制作された作品は、当時から非常に高価なものでした。しかし、1940年代後半になると、それまでにデザインしたものに、機械生産に適したアレンジを施したり、最初から大量生産向けにデザインしたりと、時代の流れとともに生産性を考慮した家具作りに移行していきました。

フィン・ユールが30歳の時にコペンハーゲン近郊に建てた自宅のインテリアを再現したコーナー(下の写真)には、ポエトソファの色違い(左)や、その隣に、これも代表作の「チーフテンチェア」(1949年)が展示されています。自分がくつろぐための家に置いているからには、座り心地も抜群なはず。

1950年代に入ると、フィン・ユールはアメリカに進出し、1951年には家具メーカーのベイカー・ファニチャー社と契約を結びます。下の写真は、同社のためにデザインされた「ベイカーソファ」と、これと一緒に1951年の家具職人組合展示会に出品された「カクテルテーブル」。どちらも同年の制作です。これを見て、1950-60年代のアメリカ宇宙ドラマのイメージが浮かぶのは私だけでしょうか。

アメリカでは、ニューヨーク国連本部の信託統治理事会議場のインテリアデザインを手掛け、椅子などの家具だけでなく、議場全体のレイアウトや天井装飾、照明などトータルでデザインしていました。実は、フィン・ユールの仕事は、家具デザインよりもインテリアデザインの仕事の方が数の上では多かったのだそうです。米航空機メーカーのダグラス社がスカンジナビア航空から受注した旅客機のインテリアなど、ユニークな仕事も引き受けていました。

第3章 デンマーク・デザインを体験する

そしてついに、椅子に実際に座って確かめることができるコーナーです。

まず目に入ったのは、フィン・ユールのリビングルームにもあった「チーフテンチェア」の色違い。フィンが毎日くつろいでいたかもしれないその椅子の座り心地が気になり、早速座ってみました。どっしりした安定感で、座面も柔らかすぎず硬すぎず、大きな背もたれがしっかりと体を支えてくれます。

フィン・ユール チーフテンチェア 1949年

こちらは、家のリビングにこんな一角があったら、家族が自分の部屋に引き上げず、ずっととどまっているんじゃないかと思えるセット。家族の一人ひとりが自分のお気に入りの椅子をこんなふうに選んで置けたら、なんとも贅沢ですね。

デンマークの家具デザインの父、コーア・クリントの“ギリシャの貴婦人の椅子”、「フォーボーチェア」(写真下の左)にももちろん座ってみました。座面が硬くて、長くは座るのはちょっと、と思いましたが、食卓の椅子がこんなに優雅だったら、貴婦人のように背筋を伸ばして美しく食事ができるかもしれません。右の隣は同じくコーア・クリントがデザインしたプロペラスツール。プロペラのように切り出されたX型のフレームが、たたむとぴったりと合わさり、一本の丸い棒になるという機能的なデザインです。

この章に展示されている40点近くの椅子ほぼすべてに座ってみました。その中から、座り心地とインテリア性で勝手に選んだ「欲しい椅子」ランキングを、自分で作ってみました。

3位はこちらの応接セット。1人掛けも2人掛けも革製のクッションが適度な柔らかさで、ほぼ同じ座り心地でした。デザイン的にも特に大きな特徴があるわけではないシンプルさですが、体が沈みこまないので立ち上がるにも無理がなく、リビングにあったら日常生活に溶け込んでくれそうです。

オーレ・ヴァンシャー 左:OW149(コロニアルチェア) 1959年 右:OW149-2(コロニアルソファ) 1964年

2位は、下の写真の右、革製の「スパニッシュチェア」。第1章で解説されていた生協の家具部門、FDBモブラーの責任者だったボーエ・モーエンセンのデザインです。左は同じくモーエンセンの作品で、キャンバス地の「キャンヴァスチェア」。いずれも座面が思ったより硬く、座ってもあまり沈まないのが意外でした。座り心地はどちらも似た感じでしたが、革の質感と、背もたれの高さやひじ掛けの幅と全体とのバランスが好みなことから、右の椅子を2位に選びました。

そして超個人的な第1位はフィン・ユール初期の作品、ペリカンチェア。第2章に展示されていた斬新過ぎて商品化されなかったという黒い椅子の色違いです。グレー地に黄色いくるみボタンがポップで、両脇の肘のようなところの丸味がかわいく、ペリカンというよりも耳の垂れた小型犬の頭のようです。今なら絶対に人気が出そうなデザインです。座ると、座面が適度に柔らかく、両肘が体を包み込んでくれるようで安心感があります。これが部屋にあったら、一日中でも座って本が読めそう。

フィン・ユール ペリカンチェア 1944年

みなさんも実際に座って試して、自分にとってのNo.1の椅子を探してみませんか。

(ライター・片山久美子)

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