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Thursday, August 11, 2022

「平常心」を取り戻す リセットできる本<1> - 読売新聞オンライン

kukuset.blogspot.com

 今年こそコロナ禍前のような夏休みを期待していたのに、新規感染者数は再び増え、ロシアのウクライナ侵略など物騒な話もあり、屈託なく楽しむ気分にはなかなか……。恒例の「夏休みの1冊」では、こんな時こそ必要な、波立つ心を静めてくれる本を集めました。

  川添愛(言語学者・作家)

 東日本大震災が発生したとき、著者は不安で眠れない人々を励ますため、ツイッターで何日も「あるあるネタ」を言い続けた。私はそれを見て以来著者のファンであるが、本書を読むと、著者のネタが人間への愛と敬意をベースにしていることが分かる。著者の人生にはたくさんの「好き」が詰まっており、人との出会いや新たな挑戦によって、それらが「笑い」として花開いていく。その様が、読んでいて何とも心地よい。心が塞いでいるときには明るい方へ目を向けさせてくれ、何かを始めようとするときには優しく背中を押してくれる本である。

  柴崎友香(作家)

 外出や人と会う機会が減り液晶画面ばかり見ていると、次々に飛び交う粗雑な言葉に疲れている人も多いのではと思う。

 ノーベル文学賞を受賞したポーランドの詩人シンボルスカ。最晩年のこの詩集を開くと、ゆったりと並ぶ言葉に、時間の速度が変わる。戦争や社会の激変を経験した詩人は、他界したパートナーを思い、身近な植物や風景を慈しみ、存在の偶然に驚く。繰り返し読み、一節がいつまでも心に残る。言葉では言い表せない、収まりきらないなにかを、言葉で表現するのが詩なのだと思う。本から顔を上げると、世界が清明に見えてくる。

  井上正也(政治学者・慶応大教授)

 城山三郎の描く人物はいつも爽やかだ。石田 禮助れいすけ もその例にもれず、自分のプリンシプルをしっかり持っていた人である。

 三井物産の商社マンとして海外で活躍した後、数え78歳でなり手のいなかった国鉄総裁となる。公職への奉仕を「天国への旅券」であるとして俸給を辞退し、相手が総理だろうがズケズケと直言した。

 疫病や戦争という衝撃が続き、将来が見通せない。そんななか、鋭い国際感覚と合理性を併せ持ちながらも、常に一本芯を通した石田の生涯は、人として立ち戻るべき原点を教えてくれる。

  西成活裕(数理物理学者・東京大教授)

 知らない世界の話は面白い。いろいろと疲れた時は知らない世界に旅することで、気分がリセットできる。そのお勧めしたい旅行先が「キリンの世界」だ。

 若手研究者のキリン奮戦記といえる本書は、抜群に面白く読みやすい。キリンの首と胸の境界はどこか。考えたことのない疑問だが、確かに気になる。その答えが知りたければ、ぜひ本書をお薦めする。世界の常識を突破するまでの過程が実に興味深く、苦悩と発見の瞬間の感動も疑似的に体験できる。キリンだけでなく、研究者の知られざる日常の世界も一緒に旅することができる魅力的な本である。

  南沢奈央(女優)

 余裕がない時ほど、人は優しさを忘れてしまう。そんな時にお薦めしたい、慈しみ深い絵本。誰かを おも う気持ちや思いやる心を思い出させてくれる。

 やさしい文と繊細な絵で描かれるのは、お うち にやってきた弱った 仔猫こねこ とひなちゃんの出会いの物語。初めはペットショップの猫の方がいいと思っていたひなちゃんも、仔猫を想ううちに、「わたしが なまえを つけてあげなくちゃ!」と愛情が湧いていく様子が いと おしい……。

 あたたかいブランケットに包まれているような気分に。結局、心穏やかに過ごすためには、“よく寝る”ことが大切なのかも。

  苅部直(政治学者・東京大教授)

 「ぎらぎらした の照りつける夏、よく東京の山ノ手などを歩いていると、板塀の上から、ぬっと首を突き出しているヒマワリにお目にかかったものであった」。本を開いたとたんに、この季節にふさわしい一節が目にとびこんできた。

 植物にまつわる古今東西のエピソードを語るエッセイに、西欧の植物画の美しい図版を盛りこんだ一冊。著者の晩年に刊行された名著に、手軽な判型で親しめるのがありがたい。四季に応じて同じように咲くことを繰り返す、そんな花々に心を寄せる時間が、気ぜわしい日常のなかでは大事だと思う。

  金子拓(歴史学者・東京大准教授)

 涙を流す。気持ちを新たにするために。本を読んで泣くことは 滅多めった にないが本作は違った。

 主人公大石先生が離職後しばらくぶりに復帰した学校には、初めての教え子の娘たちがいた。親の面影を思い出して泣く先生に涙を誘われる。従軍し失明して帰ってきた最初の教え子の一人ソンキが、懐かしそうに集合写真を指でなぞり、写っている友の名を呼ぶ場面では涙で活字が見えなくなった。

 木下恵介監督の映画によるイメージも大きい。大石先生が高峰秀子、ソンキは田村高廣。

 読み終えると、不思議に心はまっさらになっている。

  佐藤義雄(住友生命保険特別顧問)

 講演録「後世への最大遺物」の中で内村鑑三は、どんな人でも後の人々に勇気を与えるような生涯を送れば、その生き方自体が最大の贈り物になると説く。アフガニスタン復興に半生を ささ げ、その人生が我々に勇気を与えた中村哲医師も本書の「他の人の行くことを嫌うところへ行け、他の人の嫌がることをなせ」という言葉を心の火種にしたという。 

 併録の「デンマルク国の話」は大国に領土を奪われた国の人々の、復興に向けた奮闘を描いたもの。いずれも心を新たに奮い立たせてくれるものとしておすすめしたい珠玉の作品。

  梅内美華子(歌人)

 哲学対話について書かれた本であるが堅いところ、難しいところはほとんどない。目次を見渡すとやわらかくて、やさしい言葉が並んでいる。

 「おろおろ」「もうやめよう」「あの日あのわたしの隣に座ったあのおじさんへ」。これらの小題は私自身のことだなあと思って読み始めると、まさに私に問いかけ、あの人に問いかけ、この世界に問いかけるものであった。この本を開かなければ、疲れた心のまま諦めたり、思考停止するところだった。永井玲衣さんが目指す「手のひらサイズの哲学」は心のストレッチをうながす。

  堀川惠子(ノンフィクション作家)

 亡きスティーブ・ジョブズら世界の人々が関心を寄せる「禅」。その教えをひも解く本書は、難しい教義は語らない。詩人や市井の人々の言葉を引いて、心身を調えて生きるヒントを示す。マインドフルネスの視点からも、禅は今や宗教の枠を越え、日本の文化になったと著者。実は私にとっても 坐禅ざぜん は生活の大切な一部だ。

 「二の矢を受けない」という言葉がある。一の矢は思うに任せぬ苦しみ、二の矢はそれを苦痛に思って苦しみを担い続けること。こころの持ちようで世界は変わるかも。熱くなりがちな脳に清涼な風を吹き込む一冊。

  辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大准教授)

 「何もしない」のが苦手だ。迷走は大の得意だが、 瞑想めいそう は続かない。一日の終わりに「そのとき読みたい本」を読むことが自分なりのリラックス方法だ。

 でも、本当にリセットしたいときには、子ども時代に読んでもらった本を手にとってみる。幼少期に出会った本で、自分の子どもに読み聞かせたいと思う本は意外と少ない。でも、本書は決して期待を裏切らない。

 自ら掘った落とし穴に落ちたり、自分の足跡を追って同じ場所を堂々巡りしたり。プーと仲間たちの冒険に参加すると、いつの間にか「何もしない」準備ができているから不思議だ。

 「平常心」を取り戻す リセットできる本<2>は、 こちら

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