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Sunday, July 17, 2022

【書評】『レーテーの大河』斉藤詠一著 満州と東京結ぶ列車の謎 - 産経ニュース

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『レーテーの大河』

終戦を5日後に控えた昭和20年8月10日。満州の関東軍は、重要物資を積んだ臨時軍用列車を、大連に向けて走らせていた。一般人は一切乗せない、軍の幹部が逃げ出すための列車であった。だが、途中の駅で若き2人の陸軍中尉が、親とはぐれて行き場を失っていた3人の子供と出会い、彼らをひそかに乗せてその命を救う。

それから18年後の昭和38年、翌年には東京オリンピックが開かれる日本は、目覚ましい経済復興を成し遂げていた。満州から引き揚げてきた3人の幼なじみも、それぞれ境遇は違えども、しっかりと力強く生きていた。

物語には、主人公や語り手が何かしらの困難やプロセスを通過し、そこで人間はいかに変わり得るかを描いてみせる、という側面がある。

本書もまた、大人たちが勝手に始めた戦争で多くのものを失った3人の子供が、明日をも知れぬ暮らしをくぐり抜け懸命に生きてきたさまが描かれている。それはまた、彼らを助けた2人の軍人も同様だった。いや、すべての日本人が等しくたどった道であったろう。

そして今、日本中がオリンピックで盛り上がり、無理に無理を重ねた突貫工事はいたるところで見られた。壁に貼られたポスターには『皆で協力し、東京オリンピックを成功させよう』とのスローガンが。それを見てある人物は、ふと満州で見た看板を思い出す。そこには『皆の力で聖戦を完遂しよう』とあったのだ。またある人物は、テレビやラジオが繰り返す報道によって醸し出される、熱狂的な雰囲気や街の空気が、どこか二十数年前と似てきているようにも感じていた。

そんなおり、事件が起きる。

最初は単なる列車からの転落事故と思われた。ところが転落死した男性が日本銀行に勤め、鉄道による現金輸送担当者であったため、ひとりの鉄道公安官が事件の匂いを感じ取る。

人間関係と人生模様がじっくりと描きこまれ、同時に、いたるところで伏線が張りめぐらされた第一章。一気呵成(かせい)に、予想をはるかに超えるスピードで事態が展開していく第二章。それも謀略ばかりか、鉄道ミステリーにもなっている。これはまれに見る出色のサスペンスだ。(講談社・1980円)

評・関口苑生(文芸評論家)

 

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