「左利きだけん、切るのは右腕」。熊本市のシングルマザー、かよ子さん(40)=仮名=がニットをまくり上げると、白い右腕に幾筋もの傷痕が現れた。何度も傷つけた部分は、皮膚が柔らかくなっている。
自傷行為はパートナーの男性の浮気をきっかけに始まった。問い詰めると、相手の女性とは「別れる」と約束し、連絡先も消した。だが、その後も付き合いは続いていた。
それを知って、初めてカッターで手首を切った。2018年2月のことだ。「血を見ると安心した。落ち着くんです」。自分を傷つけることで、行き場のない思いを直視せずに済んだ。
男性との関係は続き、心が深く傷つくたびに体も傷つけた。「死にたい」と首筋を切ったこともあった。
19年12月、市内の病院で10針以上を縫う治療を受けた。それを機に、熊本市こころの健康センターの職員がサポートを始めた。それ以降、職員は「赤ペンで腕に線を書く」「切りたくなったら保冷剤をつかむ」など、自傷行為の防止策をアドバイスしてきた。自殺に向かおうとする人を救う「命の門番(ゲートキーパー)」と呼ばれる役割だ。
かよ子さんは20年4月から7カ月間、県内の官公庁の非常勤職員として勤務した。それまでかよ子さんを見守ってきた同センターの臨床心理士、牛島有加さん(33)と精神保健福祉士の荒木由里子さん(45)は、こっそり様子を見に行った。
そこで2人は、てきぱきと働くかよ子さんを見た。「身なりも話し方もまるで別人みたい…」。帰路のバスの車内で、2人は「良かったね」と顔を見合わせ泣いた。
「気を強く持って頑張れ」「くよくよしなすな」。落ち込むかよ子さんに、親や友人らはしばしばそんな言葉を投げかけた。だがそんな励ましは“プレッシャー”でしかなかった。「でも牛島さんたちは否定せず、優しく聞いてくれる」。傷ついた心が、少しずつ癒やされる気がした。
昨年6月まで約2年間続いた自傷行為はやみ、男性との関係にも折り合いを付けた。
「ほったらかしてごめんね」。ある日突然、かよ子さんに謝られた長男(12)は大声で泣きだした。「寂しかった」と。「もう男性の元に戻るのはやめよう」。息子の姿を見て心に誓った。
日々薄くなっていく傷痕を見て「もう切ろうと思わない」とかよ子さん。「きれいになってきてるのに切ったらもったいないから」(地方・都市圏部 飛松佐和子)
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