他人の気持ちに寄り添う大切さ
全米図書賞受賞の黒人女性作家ジェスミン・ウォードがミシシッピ州の自宅から、不慣れなZoomで首都ワシントンにいるバラク・オバマにアクセスし、第44代大統領の新著『約束の地』について聞いた。
バラク・オバマ(以下、BO) あれっ、どこかへ隠れたの?
ジェスミン・ウォード(以下、JW) いえ、私はここにいる。でも、あなたが見えない。
BO 心配しないで。どうせ私の顔なんて見飽きてるでしょ。
JW ああ、やっと回復した。そちらからも見えるかしら?
BO もちろん。ずっと見えてるよ。
JW じゃ、これから本番ね。まず、あなたのユーモア精神について。今もそうだったけど、新しい回顧録『約束の地』を読ませてもらって、すごく驚いた。本当に笑ってしまう箇所がいくつもあった。私も創作教室ではユーモアの大切さを説いているけど、あなたの場合、これは意識的にやってるわけ? それとも自然に身についたの?
BO 正直言うと、(妻の)ミシェルのほうが私よりずっとユーモアの天才だ。自分でそう言ってるしね。すごく話がうまくて、うちでは彼女が私を笑うのはいいけど、その逆はダメ。それがルールなんだ。不公平だと言うと、「そうよ、文句ある?」って。私はやられっぱなし。娘たちにもね。
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© Brooks Kraft 2009
思うに、人がユーモアに頼るのは、ある意味、自分の立ち位置を確かめるためじゃないかな。すごくひどい状況に置かれたときも、それを笑い飛ばす術があれば、その痛みや苦難を乗り切れるかもしれない。そう考えると、この国で笑いの多くが黒人コミュニティから生まれている理由も理解できる。私たち黒人はいつも、ひどく理不尽で不公平、惨めで悲しいことを経験している。でも私たちは、そんなのを他人事のように笑い飛ばして、たくましく生きてきた。そうやって世の中を渡っている。
私自身、そうだった。大統領になりたい、大統領選に出るぞと決めたときも、どこか他人事みたいだった。もちろん本気だったけれど、あまり自分を追い込まずに済んだ。この本にも書いたけれど、例の医療保険制度改革法案を通そうとしていたときだ。スタッフに議会の様子を聞いたら、「厳しいです、あなたに運があれば勝てるでしょうけど」と言われた。それで私はこう返した。「ここがどこだか、知ってるよね?」「大統領の執務室ですが」「じゃ、私の名前は?」「バラク・オバマ……」「いや、バラク・フセイン・オバマだ。そしてフセインは、アラビア語で『恵まれし者』の意。だから運は、いつでも私の味方だ」って。状況が厳しく、ことが重大なときほど、こういうユーモアが効く。
JW そうね。ミシェルが笑いの名手だってことも知ってる。ほら、お子さんと一緒に海へ行ったときの話。でも彼女だけはビーチに出たがらず、ビキニ姿の写真を撮らせちゃいけない、それがファーストレディの役目でしょと言ったって。あれを読んだときは笑いが止まらなかった。
BO あれね、彼女は本気で言ったんだ。本当に真顔で「ファーストレディとして、私は誓ったの。絶対に水着の写真は撮らせないって」と言った。そして最後まで誓いを守りとおした。
JW 今度の本では共感力、つまり他人の気持ちに寄り添うことの大切さも、繰り返し説いていますね。読んでいて感心したんですけど、あなたは人物描写が抜群にうまい。いろんな人、ヒラリー・クリントンとか中南米系女性で初めて最高裁判事になったソニア・ソトマイヨールとか、すごい人物が次々と出てくるけど、みんなすごく生き生きしている。そうか、こんな人なのかって感覚的にわかる。
BO 政治家は、ふつうの人とは違うと思われがちだ。みんなとは違う世界に生きていると。でも私は、とくに若い読者に、そんなことはない、みんなと同じだよと伝えたい。この本はそのために書いた。みんなが日々の生活でやっている選択や決断、感じている希望や恐れを、後に大統領になる男も若いころは抱いていた。いろんな人に囲まれて、いろんなことをやり、ときには失敗もし、失望もし、いろんな疑問も抱いていた。そのことを伝えたい。私だって、もがいていた。生きるのに必死だった。でも、そのなかで公民権運動に出会い、政治家になろうと決意し、ついには大統領にもなった。
あなたの言う共感力、それは政治家としての私の原点だ。そもそも私が政治の道を目指したのは、こう思うからだ。人種差別とか奴隷制、先住民族の虐殺とか、この国にはつらい過去と厳しい現実が多々あるけれど、それでもまだ希望がある。「私たちはもっと上に行ける、もっと広い心を持てる。お互いをもっとよく理解すれば、憲法に言う『われら人民』の定義をもっと広げていける」とね。
JW その思い、きっと読者に伝わります。一目散に走らず、たまには速度をゆるめて、自分とは異なる人たちに目を向ける。それを促すのは文学の役割でもありますね。
BO ジェスミン、あなたの本がいい例だ。私もアメリカの黒人だけど、ミシシッピ州みたいな南部の暮らしは知らない。南部で育った黒人少女が若くして妊娠したらどんなに大変かも知らない。でもあなたの本を読むと、そうした女性の心の動きまでよくわかり、その人の身になって考えることができる。それで私自身の世界が広がる。うちの娘たちと接するときにも、それが役に立っている。たぶん、政治家としての活動にも。
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たとえばドナルド・トランプだ。彼には彼の、この国についてのストーリーがあった。もちろん私には、それとは違うストーリーがある。大統領になったジョー・バイデンにも初の女性副大統領になったカマラ・ハリスにも、それぞれ別なストーリーがある。それでいい、この国にはいつもたくさんのストーリーがあって、互いに競い合っている。それに気づき、理解する知恵、受け入れる心の広さ。あなたの本は、そういうことの大切さを教えてくれる。本当は政治にこそ、そういう心の広さが必要なんだ。
そいつは白人男の考えだ、そいつはメキシコ女の言い分だ、そいつは金持ちの勝手だ、そいつは負け犬の遠吠えだとか、簡単に決めつけてはいけない。そういう決めつけが、私たちの心に偏見や恐怖を植えつける。それでみんな、他人に敵意を抱いてしまう。
JW 今度の本でも、あなたは人の悪口を言っていない。他人を白だ黒だと決めつけないで、この人にもこんな面があり、あんな面もあるんだと書いている。つまり、人間は単純じゃないってことを教えている。
BO そんなにほめられると照れちゃうな。まあ私は以前にも本を書いていて、まだ若い時分のことだけど、そこで父親との葛藤とか血筋のことは決着をつけた。あれから25年も経っているから、自分のことも冷静に見ることができて、それがよかったのかな。
JW それで今度は、すごく個人的ですごく傷ついた経験も書けたのかしら? 昔の負けた選挙のこととか、ミシェルとうまく行かなかった時期のこととか?
BO そうだね。確かにつらい時期もあった。それで私たちは傷ついた。でも、それで私たちは成長した。実際、誰にだって失敗はあるし、負けることも、悔しいこともある。思いどおりにならなくて沈んでしまうこともある。わかってほしいけど、それは政治の世界でも同じなんだ。
たとえば政治の世界で、「人種の問題について、もっと議論しよう」とかって聞くと、首をかしげたくなることがある。なんか、見えすいてるよね。本当に必要なのは、もっと突っ込んだ具体的な話なのに。
でも、そういうときに文学の力が役に立つ。(たとえ政治家の話は耳に入らなくても、ノーベル文学賞受賞の黒人女性作家)トニ・モリソンとかの小説を読めば、人の痛みが深く心にしみるじゃないか。
JW この本でも前の本でも、あなたは自分の気持ちを率直に語っている。自分の内面を、ほとんどさらけ出す感じで。そこまで書ける勇気がすごい。
BO たいしたことじゃない。もう私も59歳で、人生の山も谷も経験してきた。前にも誰かに話したことだけれど、大統領をやるとね、もう怖いものはなくなる。知ってのとおり、私が大統領になったのは世界金融危機の直後で、アメリカ経済は1930年代の大恐慌以来の悲惨な状態にあった。しかもアフガニスタンとイラクで2つの戦争をやっていた。私も必死だった。就任早々に、困難でリスクの高い決断をいくつも下した。それで、成功もあれば失敗もあった。当然だ。この地位についた人間の常として、時には手厳しく批判され、能力を疑われることもあった。
でも私は生き延びた。どうにか2期8年を務めあげた。うまく話をまとめたこともあれば、間違いを犯したこともある。挫折も、勝利の美酒も味わった。それで、見てごらん。髪はすっかり白くなったけれど、今もしっかり2本の足で立ってる。だからもう、自分の思ったことは何でも書いていい。そう思っている。
でも誰かと交わした会話、とくに相手の発言は別だ。これを書いていいかな、相手の人は気を悪くしないかなと、やはり考えてしまう。
たとえばミシェルとのこと。この本では私たちの愛情とか、彼女が私のためにはらってくれた犠牲とか、そんなことばかり書いたけれど、本当を言うと彼女は、私が政治家に転身するのを嫌っていた。だから私が選挙に出たときは、いろんな意味で傷ついたと思う。でもミシェルは私より先に本を出して、そのへんのことを吐き出していた。だから私は助かった。自分のことだけ書いて、さっさと幕を引けばよかった。
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いちばん伝えたいこと
JW ところで、ジョー・バイデンが大統領選で勝ちましたね。
BO ハレルーヤ! 神様に感謝しなくちゃ。
JW 本当に。私もほっとした。これでアメリカの霧が晴れるといい。でも、大統領にすべてを期待しちゃうのも禁物ね。
BO そのとおり。実はそれも、今度の本で言いたかったことのひとつだ。もう少し、みんなにこの国の政治の仕組みを理解してほしい。大統領は自分たちの選んだ王様だから、なんでも願いをかなえてくれる、みたいな思い込みはやめてほしい。
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もちろん大統領の権限は強大だけれど、議会も裁判所も同じくらいに強大だし、州政府にもすごい権限がある。だから大統領だけじゃ何もできない。変化を促すことはできる。でも実際問題として、具体的なことを決めるのは州政府だ。しょせん大統領はシンボル的な存在で、もちろん重要なシンボルだけれど、それだけでは何百年も続く差別や構造的な格差の問題を解決できない。
JW 今度の本で、いちばん読者に伝えたかったことは?
BO 読んでよかったと思ってほしいし、若い人たちの刺激になったらうれしい。「よし、自分も何らかのかたちで公務に関わろう、選挙に出るかどうかは別として、世の中を変えていくような仕事をやろう」。そんなふうに思ってくれたら本望だね。
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そして何より、やっぱりアメリカは特別な国だと思ってほしい。いや、世界一お金持ちの国だから、強い軍隊があるから特別なんじゃない。歴史上の数ある大国と違って、この国は民主主義、それも多人種・多民族の民主国家だからだ。それは私たちが何百年もかけて勝ち取ってきたもの。私たちは闘って、合衆国憲法の掲げる「われら人民」に含まれる人を少しずつ増やしてきた。結果、今では黒人も貧しい人も、女の人も、LGBTQの人たちや移民も「われら」に含まれている。これが効いて、私たちが思いを一つにし、互いを尊重して生きることを学べば、そしてすべての子どもたちを大切に守っていけば、私たちは真に偉大な国になれる。世界の手本になれる。そういうアメリカの理念こそ大事だ。
ただし、これだけは忘れないでほしい。理念と現実は、必ずしも一致しない。だからこそ私たちは声をあげ、抗議し、不平不満を言い、そして闘う。ここがアメリカの素晴らしいところだ。そうやって一歩進むごとに、この国は少しずつ正しくて公平な国になっていく。もっと互いを理解し、もっと互いの声を聞き、もっと多くの人が政治に参加できる国になっていく。
みんな一緒に生きていくんだ。それを学べなければ、この国も終わる。気候変動の問題や、グローバルな格差の問題はアメリカだけじゃ解決できない。みんなが互いに目を向け、互いに語り合い、協力してやっていくことを学ばなければ、前へ進めない。
だから、この本を読んだ人にはこう考えてほしい。アメリカの理念に命を賭けようじゃないか。旧約聖書のモーゼが(エジプトを脱出して祖先の地へ戻ろうとしたときに)言ったように、そして故マーティン・ルーサー・キング牧師が殺される直前のスピーチで述べたように。私たちはそこへたどり着けないかもしれない。アメリカの理念を実現できないかもしれない。でも、それを見ることはできる。目標が見えるから私たちは闘いを続ける。愛する娘たちのため、世界中の子どもたちのため、これから生まれてくる子どもたちのために。たとえ私たちには無理でも、彼らが「約束の地」を踏めるように。
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『約束の地 大統領回顧録Ⅰ(上・下)』
ミシェル・オバマとの出会いから医療保険制度(オバマケア)確立への決意、オサマ・ビン・ラディン容疑者の殺害計画まで深い自己省察を繰り返しながらの半生を上下巻にわたって振り返る。集英社より刊行。
Words ジェスミン・ウォード Jesmyn Ward
Translation 澤田組 Sawadagumi
からの記事と詳細 ( バラク・オバマ元大統領の回顧録──希望のあとに続くもの - GQ JAPAN )
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