日本随一の歓楽街で、路上に立つ女性たちに、マスクや使い捨てカイロを配る男性がいる。所持金1000円の家出少女、コロナで困窮するデリヘル嬢、保険証もお金もない妊婦……。困りごとを抱えた多くの女性たちから信頼を集める坂本さんは、どこにでも出向いて話に耳を傾ける。相談は無料、活動はすべて手弁当。彼女たちに「居場所と選択肢をつくりたい」から。 【写真】坂本さんが配布するカイロに付ける「お話しを聞かせてください」のメッセージ 東京随一の繁華街の新宿区歌舞伎町。夜でもきらびやかな1丁目を抜けて2丁目に入ると、薄暗い空間のあちこちに若い女性がたたずんでいる。 そのひとりが坂本新さん(49)を見るなり、「あ、久しぶり~。ね、ちょっと聞いて」と雑談を始めた。坂本さんは「今日は寒いね。これ使って」と、使い捨てカイロとクレンジングジェル、そしてマスクなどを手渡した。それぞれの品物には「お話しを聞かせてください」とのメッセージ・カードが貼られている。 だが坂本さんは雑談が終わると、カードに書かれていた「お話」に触れることなく、「じゃ、またね」と、その場を離れた。
話を聞き、ベストな方法を一緒に考える
この日、坂本さんは何人もの女性から声をかけられ、もしくは“ワケあり”と思われる、たたずんでいる女性には自分から声をかけ、同じことを繰り返した。 坂本さんが求める「お話」は以下のとおりだ。 ・性的、肉体的、精神的な暴力や脅迫を受けている。 ・仕事を辞めたい、新しい仕事をしたい。 ・病院に行きたいが保険証がない。 ・妊娠に関する悩みや不安。等々 そして、カードの最後にはこう書かれている。 《お話をうかがい、ベストな方法を一緒に考えます。相談料は無料です。警察や役所、弁護士事務所、病院等々、必要な場所へ同行します》 坂本さんがNPO法人『レスキュー・ハブ』を立ち上げ、代表として活動に取り組むようになり、4月で1年がたつ。前職の、人身取引の被害者を支援する組織でも2年間、週に1度は夜の歌舞伎町を歩き、性産業に携わる女性たちに声をかけてきた。その目的は、彼女たちの被害や孤立を防ぐことにある。 特に、「直引き売春」と呼ばれる、どの店舗にも属さずにひとりで道端に立ち、男性から声がかかるのを待つ女性たちは、誰からも守られない存在だ。 客とホテルに入っても、暴力を受けたうえに金も支払われない女性。性病をうつされても健康保険証がないため、通院を迷う女性。望まない妊娠をしてしまった女性等々。 「状況は悪化しています。昨年からのコロナ禍で、違法ではない性風俗、例えばデリバリーヘルスでも客足が遠のき、食べていけないので歌舞伎町に流れて“直引き”する子が増えています」 そういう女性たちに会ったときに、なぜ「相談に乗りますよ」と言わないのか。これを問うと、坂本さんはこう答えた。 「いきなりそれを言っても、まず相談されません。むしろ避けられます。そして、カードを渡しても、それを見て電話してくる子も少ない。僕がこうして毎週ここを歩くことで、彼女たちと“いつものおじさん”として顔見知りになり、雑談を交わし信頼関係を高め、初めて相談をしてくれるんです。 彼女たちのほとんどが何をどこに相談していいのかわからない。だから相談を待つのではなく、相談ができるように、こちらから足を運ぶことが大切です」 NPO法人の代表といっても、坂本さん自身は昼間の別の仕事で収入を確保し、歌舞伎町での活動はまったくの手弁当だ。 活動の目的は、女性たちを被害と孤立から守ることとはいえ、何が坂本さんをここまで駆り立てるのか。
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