Photo: Thomas Barwick / Getty Images
では、不安なときに、なぜ人は奇妙な夢を見るのか？ 夢見をよくする方法はあるのか？ 40年間も夢を研究している専門家が解説する。
「なぜ、最近変な夢を見るのか？」
変な夢を「ほかの人」も（「最近」）「見ている」のか？──この問いは、オンライン上で常に人気だ。それは不気味ながら気休めにもなる疑問なのだ。要するに、こう聞きたいのだ。
この宇宙が有限の形而上的インフラを有しており、それが潜在意識によってたまに見出される。その証拠らしきものに、ほかの人も出くわしたことはないか？
さらに、“グーグル先生”が「なぜ私は最近変な夢を見るのか」と聞かれた件数は、アメリカで4月上旬、普段の4倍になった。
全国メディア各社は、その答えを急いで提供しようとがんばっている。
その答えは「イエス」で、たしかにほかの人たちも変な夢を見ている。（この頃だけじゃなく、常にそうなのだが。）だがいま、人類はより頻繁に、より鮮明に夢を見ているのだろうか？ その答えも、おそらく「イエス」だ──少なくとも、多くの人たちにとって。
コロナ禍は夢か現か幻か
夢は色あせやすい。そしてその分析は、そもそも不完全な情報に基づいている。夢を見るのはだいたい90分間隔で、レム睡眠中に一気に起こる現象だ。レム（REM）とは、「rapid eye movement（急速眼球運動）」の頭字語で、その運動が起こる睡眠状態がレム睡眠だ。
この影響を強く受けるのが、慢性的な睡眠不足の人だ。睡眠を「取り返す」つもりで、10時間かそれ以上眠ると、過眠症患者しか見ないほどの鮮やかな夢を見る可能性が高い。（過眠症患者は、普通の人よりもレム睡眠状態にある時間が長く、鮮やかな夢や悪夢をより多く見る傾向がある。）
では、なぜそんなに多くの人が、自分の夢のことで不安になっているのか?
新型コロナウイルスがその支配力を強め、人々に“のど輪攻め”を食らわせているようないま、起きている時間それ自体が、奇妙な、夢みたいな空気を帯びていると感じる人も多い。
不意に、しかもいつまでともわからず自宅に閉じ込められた人々にとって、時間管理はもはや、規則正しい太陽の動きに支えられたものではなく、闇雲に選んだ雲につながっているかのようだ。
アメリカの都市や町々の超現実的な現実も、眠っているあいだに思いつく、うろ覚えで、半ば空っぽの「近似法」にそっくりで、同じくグニャッとして、ボヤッとしたロジックに則っている。
暗喩と悪夢
ディエドリー・バレットは、ハーバード・メディカルスクールの心理学者で、この40年間、夢を研究してきた。最近は引っ張りだこで、4月だけで、「ロサンゼルス・タイムズ」「ザ・カット」「ヴァイス」「Yahoo!スポーツ」といったメディアの取材に応じている。
われわれ「ニューヨーク・タイムズ」の取材に対して、バレットは、変な夢を見ている人が確かに多くいることを認めた。「その多くが虫の夢」だという。
数週間前、バレットは今回のパンデミック中の夢データを収集すべく、オンライン調査を実施した。調査の回答者は、いままで見た夢のなかで「新型コロナのパンデミックと関連する」と感じた夢の内容を描写するように求められた。（参加者はこのウイルスにまつわる具体的な体験についても回答した。たとえば、医療従事者だ、陽性と診断された、症状が出た、検査を受けた、といったことだ。）
漠然とした不安、または毒ガス攻撃のように本当に目に見えない危険──そうした視覚化しにくい危険や脅威を心配しながら眠ったときの夢には、それに類似する暗喩が出てくることがよくあると、バレットは言う。「高波」や「モンスター」がおなじみだ。
だが、バレットはすぐさまこう強調する──多くのアメリカ人がこのパンデミックを「人生の重大な転機に匹敵するもの」として経験し、不安な夢を見ているかもしれないが、現状ではまだ大半の人にとってトラウマの域にまで達していない、と。
「私たちがみな、心理学で言うトラウマを受けているというのは、言い過ぎです」とバレットは話す。
トラウマと夢
戦闘、または新型コロナ感染症患者にあふれる病院での12時間シフト労働──など短期集中的なトラウマ体験には、「もともと鮮明で具体的なイメージがあるだけに、よりリアルな夢として出てくる可能性が高い」とバレットは言う。
ウイルスにまつわる夢でも、たとえば、大流行のカオスに直接対処する看護師の見る夢は、一般市民のそれと違って、明白なリアリズムがあるだろう。夢とは実質的に、日中の現実生活の光景が形を変えて睡眠中に展開されるものだからだ。
「病院の廊下に患者たちが寝かされて並ぶなかで、人工呼吸器をひとりの患者に着けるか否かを決断している人たち──この人たちは確かに、私たちが急性のトラウマと呼ぶ通常の基準に合致しており、PTSDの症状が出てくるだろうと見込んでいます」とバレットは言う。
（深刻なトラウマの夢を見る可能性のある人は、睡眠を充分とっていれば、すでにそうした夢を見ているかもしれない。睡眠不足の場合、不快な夢は、落ち着いたころになってから見る可能性が高い。）
コロナウイルス体験といえばおもに在宅勤務を意味する人たちも、暗喩的でない夢を見るかもしれない。だが、その夢は概して、さほど現実的でない可能性が高いとバレットは言う。
だからといって、そうした夢が、誰もが考えている話題に関係ないということにはならない。
ナチス戦争捕虜が収容所で見た夢
1940年、イギリスの陸軍将校ケネス・デイヴィーズ・ホプキンスは、ドイツにあるナチスの戦争捕虜収容所で、捕虜仲間が夜に見た夢を記録しはじめた。彼はこのデータを博士論文に使うつもりだったが、書き上げる前に肺気腫により、収容所で命を落とした。遺されたのが、数百の夢についての手書きの記録だった。
捕虜収容所の状況は、ナチスの強制収容所や死の収容所とは似ても似つかないものではあった。捕虜たちは充分な食事を与えられていたし、部屋も整っていたが、社会的交流や移動の自由は抑制されていた。男たちの大半は、最初の戦闘で捕虜となり、戦いをあまり経験していなかった──と、2012年に彼らの夢の記録を分析したバレットは言う。
戦争捕虜と、単に家にいるよう勧告され、おそらく退屈しながらも任天堂のゲームをしている人たちを直接比較しようがないのは言うまでもない。
それでも、私たちが目下見ている夢を読み解くのに、隔離された捕虜たちの置かれた状況がいくらかの洞察を与えてくれるかもしれない。すなわち、閉じ込められているが拷問は受けておらず、困窮しているが飢えてはおらず、家族友人から引き離されいるが文通は許されており、突然拘留され、どれくらいそこにいるのかわからなかった状況だ。
バレットは最近、気づけば、そうした戦争捕虜たちについて語っていることが多いという。
「ごく一部の心的外傷後の夢」とバレットが呼ぶものを別にすれば、捕虜たちの夢は「ほぼどこをとっても退屈」で、ほかの夢研究に基づいて予想される標準的な男性の夢よりも退屈だった。捕虜になった男性たちの夢には、成功、幸運、親しみが少なかったが、失敗、不幸、攻撃性も少なかった。
「彼らは社会的な交流が少なく、セックスの夢を見ることもとても少なかったんです」とバレットは言う。
彼らの見た夢は、ほかの男性たちのそれと違い、郷愁の思いが強く反映されていた。バレットによると、共通テーマは「家族のルーツ、遠い昔、故郷」だ。彼らはときどき夢のなかで、故郷や家族の元に戻ったが、誰も彼らが留守にしていたことに気づいていなかった。
捕虜たちの夢に、頻繁に、鮮やかに出てきたもうひとつのテーマは、彼らが恋しがっていた別の何かだ。「フード、フード、フードです」とバレットは言う。
今回のパンデミックで自宅監禁が続けば、食べ物の夢が増えるだろうとバレットは予測する。
興味深いことに、脱走に関する夢の割合は少ないが、そのなかでは「脱走失敗」という気が気ではない夢が最も頻繁に見られている。だが、79人のサンプルのうち2人の捕虜は、脱走成功の夢を定期的に見ていた。2人の夢の記録は同じ日に終わっている。（脱走したのだ。）
「夢インキュベーション法」
暴走する潜在意識から夢を取り戻してコントロールしたいと思う人に、バレットが勧めるのは、眠りに落ちる前に夢を「プログラム」してみることだ。いわゆる「夢インキュベーション法」は、バレットによれば「成功率はかなり高い」。
見たい夢のカテゴリーを選んでみよう──たとえば、「飛行」。見たい夢のテーマは抽象的でなくてもよい。就寝前にそれを想起しよう。
「イメージするのが得意なら、高く上昇していくことを想像してください。もしイメージするのが難しければ、ベッドサイドに、関連するトピックの写真やモノを置いて、電気を消す直前に見てください」とバレットは言う。
眠くなっていくときに、夢に見たいことを自分自身にくり返し言い聞かせる。このテクニックが効く確率は、「偶然よりよっぽど高いですが、毎晩というわけにはいきません」とバレットは注意する。
夢をいくらかコントロールできるようになるにせよ、そうでないにせよ、鮮明で変な夢ですら良いものだという事実に安心してほしい。バレットは言う。
「レム睡眠には確かに生物学的な作用があって、特定の神経伝達物質が停止され、それから回復されます。
単純に脳を90分ごとに活発化させること自体が、何らかの形で脳に良い作用を及ぼしているという説もあります」
ほか人たちも変な夢を見ている──少なくともそれがわかっていれば、少しは夢見がよくなるかもしれない。
© 2020 The New York Times Company
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April 24, 2020 at 04:25AM
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