アーティストを撮り続けるフォトグラファーに、活動の軌跡や自身のターニングポイントとなった出来事について話を聞くこの連載。第22回は
取材・
水泳でオリンピックを目指していた少年時代
兄弟と年齢が離れていたこともあって、両親からは一人っ子のように大切に育てられました。5歳くらいのとき、水が怖くて目薬をさすときに目が開けられなかったことがあって、それを見た眼科の先生に「水泳を習わせたほうがいい」と言われて水泳を始めました。1年後には選手コースに進んで、小学4年生くらいから全国大会に出て入賞するようになって。それからは毎回全国ランキングの上位に入るようになり、友達とも遊ばずに水泳ばかりやっていました。当時のオリンピック選手に「東京に出ておいで」と言われて母と2人で上京して、水泳を習って。高校3年生までは完全にトップスイマーになるための人生を歩んでいました。
10代の頃から音楽を聴くこと自体は好きだったのですが、特に好きだったアーティストはいなくて、GLAY、L'Arc-en-Cielなど流行っているものを聴いている感じでした。ただ、父親が空間演出の仕事をしていたこともあって、美的感覚みたいなものは無意識に磨かれたような気がします。これは自分の意志ではなく両親の考えでしたが、水泳の全国大会に出るときには金髪にしていたんですよ。「目立ちたいなら金髪にしろ」と言われて。当時はそれがカッコいいとかおしゃれだとかはわからなかったですが、見た目にもこだわりを持つということは両親から学びました。
大学受験で挫折、アパレルの道へ
トップスイマーになる道を歩んでいた僕の転機は大学受験。水泳で大学に進学するつもりだったのですが、推薦受験で落ちてしまって、その日に水泳を辞めることを決めました。周りからは「インターハイにまで出ていたのにここで辞めるなんて」と言われましたが、僕としてはオリンピックに出られないなら違う人生を選びたいと思って。そこで選んだのがアパレル関連の仕事でした。一応、大学には進むのですが、アルバイトで好きなブランドの生産管理の仕事を始めて。あまりに仕事が忙しくて「このままアパレルの道に進もう」と、大学は2年くらいで中退します。そして二十歳のときに、そのブランドのショップマネージャーになり、支店も合わせて2店舗の統括マネージャーとして働きました。そこで働いている頃にSKY-HIさんや金子ノブアキさんなど、いろいろなアーティストの方と出会いました。
ショップマネージャー時代に芽生えたカメラへの関心
カメラを始めたのも、ショップマネージャーをしているときでした。僕が二十歳くらいだった2000年代終盤って、ちょうどブログが流行りだした時期で、いろいろなアパレルショップのスタッフがブログを使って商品やお店の宣伝をするようになったんです。周りのショップが携帯のカメラで撮った写真を載せている中で、僕は「一眼レフでカッコよく写真を撮れば差別化を図れるんじゃないか」と思い、自腹で一眼レフのカメラを買って、商品やスタッフのコーディネートの写真をこだわって撮るということを始めました。働いていたショップのオーナーが、カフェを経営したり、ブランドを立ち上げたり、写真家として活動したりしている方で、僕はその人の生き方に憧れていたんです。だからカメラというものに対しての関心が自然と高くなっていたし、表現する手段として写真を選んだのだと思います。ちなみにそのとき初めて買ったのはNikonの一眼レフで、今もメインで使っているカメラはNikonです。
ロンドンの路地裏で見つけた“僕の写真”
その後、自分で何か表現をしたいという気持ちが強くなってアパレルの仕事を辞めるのですが、そのきっかけは、ある1枚の写真でした。一眼レフで写真を撮るようになってから、店の商品やコーディネートのほかに、年に3、4回海外に行って、旅行先で撮った写真も店のブログに載せていたんです。ある年イギリスに行ったとき、ロンドンのリージェント通りを曲がったら、現地に住んでいるであろう4人組の男の子たちが前から歩いてきて。その子たちがすごくカッコよく見えたので、すれ違ったあとに後ろ姿をポケットに入っていたコンパクトカメラでパシャっと撮ったんです。その写真を見返したときに「すごく好きな写真が撮れた」と思って、僕の中で明確に「自分はこういう写真が好きなんだ」とわかった。彼らはめちゃくちゃおしゃれだったわけじゃないし、写真としてはピントも合っていない。それでもロンドンに生きている4人の男の子の、生き様やカルチャーのようなものが写っている感じがしたんです。「これが僕の写真だ」と思ったんです。それからは旅先で撮る写真が一気に変わって。それまでは観光地に行って、そこをいかにカッコよく撮るかみたいな感じだったのですが、以降は観光地ではないような場所で、しかも人物を撮るようになりました。
運命を変えたSKY-HI赤坂BLITZ公演
店を辞めてからはスタイリストのアシスタントをしながら、知り合いのライブを小さいライブハウスで撮らせてもらうようになりました。InstagramやTwitterでライブ写真を見かけるようになってきたタイミングでもあって、自分の中で「写真のスキルや知識がない僕でもライブ写真なら始められるかもしれない」という変な自信があって。店を辞めた2カ月後くらいに開催されたSKY-HIさんの赤坂BLITZのライブ(「SKY-HI TOUR 2015 ~Ride my Limo~」)で、「もし専属のカメラマンさんがいらっしゃらなかったら、ギャラはいらないので撮影させていただけませんか?」と連絡して撮らせてもらいました。ライブ後、SKY-HIさんが僕の写真を見て「めちゃくちゃいいじゃん」と言ってくださって、そこから転がるように音楽関係の写真を多く撮るようになりました。SKY-HIさんは本当に僕の恩人です。
UVERworld・TAKUYA∞からの忘れられない一言
僕自身は音楽にしても、そのほかのカルチャーにしても、何かに傾倒したことがないんです。高校時代はヒップホップを好んで聴いていましたけど、本当にその程度で、あとはメジャーなものを聴くという感じ。アパレルの仕事を始めてからはアーティストさんと知り合うことが増えたので、そこで出会った方々の音楽を聴いて、ライブに連れて行ってもらうようになって。周りにいる人たちが大切にしている音楽、真摯にやっている音楽を大切に聴くという感じでした。中でも大きかった出会いの1つは
その人たちの人生にとって必要な写真を撮る
今までの撮影で特に印象的だったのはSKY-HIさんの東京・日本武道館でのライブ「SKY-HI Tour 2017 Final "WELIVE" in BUDOKAN」。彼はずっと「ライブハウスで5人くらいのお客さんの前でライブをやっていたときから、たくさんの人がいるところでやるのを夢見ていたし、やれると思ってずっと続けてきた」と言っていた。だから、武道館のMCでその話をしているときに、こっそりステージに上がらせてもらって、満員のお客さんと対峙する彼の背中を写真に収めたんです。絶対に彼の人生に残さなきゃいけない写真だと思ったから。僕は「その人たちの人生にとって必要な写真を撮る」ということが、ライブ写真の使命なんじゃないかなと思っているんです。彼らがその写真を見て自分の人生を肯定できて、死ぬ間際に思い出せるような1枚が撮れたらいいなと思いながら撮っています。それが僕の写真なんだと思います。
そういう写真を残すために大切しているのは、被写体に寄り添って、その人の姿勢や思いを汲み取ること。その人がどういう思いで音楽と向き合っているのか、どういう思いでお客さんと向き合っているのか。それを一緒にいるときの空気感やステージング、演出、アートワーク、SNSなどから読み取る。ありがたいことに僕が一緒にやらせてもらっているのは、嘘がないアーティストばかり。彼らの人生と音楽がリンクしているから、“人”に寄り添う僕の撮り方が合うんでしょうね。そこに関しては恵まれているなと思います。
ここ最近はSKY-HIさんとのご縁でBMSGのアーティストも撮影させてもらっています。Aile The Shotaの「AINNOCENCE」という作品のジャケットとアーティスト写真を撮らせてもらったことも印象的でした。アートディレクターの方からイメージを聞かせていただいたのですが、オーディションから彼を撮ってきて、そのうえで楽曲を聴いた僕には、そのイメージがより鮮明に浮かんだ感じがあって。Aile The Shotaに「あなたがこの曲で表現したいことや、この先見せたいアーティスト像だと、こういう見せ方がいいと思うんだけど」と相談したら、彼が「まさしくその通りです」と言ってくれたので、アートディレクターの方と相談して僕のアイデアも取り入れてもらいました。Aile The Shotaにも「話すことによって自分の意図や表現していきたいことが見えてよかったです」と言ってもらえて、すごく自信になりました。
自分を肯定してもらえるような写真を撮れていたらうれしい
人と向き合って写真を撮り続けてきたからこそ、最近、ライブ写真は“僕の写真“ではないんだなと思うようにもなりました。彼らが自分の人生や表現と向き合う姿が美しくて、僕はそれを写真に残そうとしている。僕のライブ写真は、アーティストや彼らに関わっているチームやスタッフの皆さんの作品であり、その人たちの人生そのものなんですよね。つまり僕だけの写真ではない。そういう写真を撮れることはすごく幸せですけど、僕がフォトグラファーとして生きていくためにはそれだけじゃダメだということにも気付いて。だからこそ、初めての個展は完全なるプライベートワークで行うことが絶対条件でした。
素晴らしいライブや素敵な人たちを撮っていると、「僕には何もない」と思ってしまうことがあるんです。スポットライトが当たっている人たちの美しさやカッコよさを知っているぶん、光の当たっていない自分を卑下してしまうというか。でも今回展示した写真たちを見ていたら、「たまたま自分が写っていなかっただけで、自分たちの人生だって、こんなにロマンチックでドラマチックなんだ」と思えた。自分が自分の写真に励まされたし、アーティストを応援しているファンの皆さんにも、自分たちの人生がこんなに美しいものなんだと思ってもらえたら本望だなって。そうやって自分を肯定してもらえるような写真を撮れていたらうれしいなと思いました。個展を開いて、いろんな方が観に来てくれて、感想をいただいてというのを繰り返しているうちに、自分の写真の特徴や表現したいことがどんどんクリアになってきた感覚があって。今回改めて見つめ直したクリエイティブを今後も盛り込んで、僕なりの写真を撮り続けたいと思います。
ハタサトシ
1987年生まれ。アパレル勤務を経て2015年夏よりカメラマンとしての活動をスタート。以降、SKY-HIやTHE ORAL CIGARETTESをはじめ、さまざまなアーティストの撮影を行っている。2022年4月に東京・渋谷PARCO Gallery Xにて自身初の個展となる「Outside The Spotlights」を開催。5月24日~6月7日には大阪・心斎橋PARCO SkiiMa Galleryにて巡回展が行われる。
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