羽生結弦選手を長く撮影し、ご本人からの信頼も厚いスポーツフォトグラファーの田中宣明さんと、写真家の能登直さんに対談していただきました。お2人には「羽生結弦展2022」に、大型パネルを各5点ずつ出品いただきます。第1回目は、被写体としての羽生結弦選手、お互いの作風の違いなどについて幅広く語っていただきました。(司会・「羽生結弦展2022」担当)
―田中さんは、絵が得意だったんですよね?
田中「小学校の時に、あまり絵が好きではないと思っていたんですけど、先生が読み上げた小説から想像する絵を描くという課題があって、その時は東京都から賞をもらったことがあったんですよ」
能登「へー」
田中「たまたまなんですけどね。想像して描くというのは描けたんですよ。ただ、そこにある物を(写生して)100%(忠実に)描くというのはできないから、それで逆に嫌いになっちゃいました。完璧を求めちゃうんで。
父親がカメラを持っていたり、家族の写真がいっぱいある環境でした。親父は本当に写真好きで、アルバムがいっぱいあった。それでカメラを触るようになって、競馬が好きだったので、馬を撮ることに走り、そこから写真を撮るようになりました」
―能登さんは美術についてはいかがですか?
能登「うーん、全く。僕は逆に想像で描くのが苦手ですね。何もないところから生み出す人っているじゃないですか、それが全然できなくて、子供のころはそういう人が、うらやましかったです。自分の手を見て描くとかは、なんとなく、そこそこできるんですけど、想像で描くというのは、何をどう描けばいいか全く分からなかった。
子供のころ、美術展に連れられて行ったという記憶もあまり残っていないので、あまりそういう素養が(笑)」
能登「お題を与えられると撮れる」、田中「僕は正解が欲しい」
田中「でも、今は(スポーツ以外の写真では)スタジオで光を作って、あるがままの状態ではなく、これを使ったらこうなると想像して撮ってますよね。ちょっと逆ですよね」
能登「そうですね。ゴールが見えていれば、それに近づける作業ができるんですね」
田中「そうか。このツールを使ったら、こうなるってことですか」
能登「被写体を、こう撮りたいから、こう光を当てたいとかは、ひらめくんですけれど、何もない真っ白なところに、想像で描きなさいと言われると、今でもたぶんできないと思います。だから、写真でも写真家といわれる人がいるじゃないですか。自分で好きなものを撮って、好きなものを作り出して、生活していくというのは、たぶん無理ですね」
―被写体を与えられて、それをどう撮るかという流れですね
能登「そうですね。お題を与えられて、初めて何かを撮れるというタイプの人間だと思うので、自分から何かテーマを見出して、撮るっていうのはできないですね。(広告写真の)アシスタントのころから、お客さんがいて、お客さんの求めることに近づける作業をずっとし続けているので、自分で何かを生み出すっていうのは苦手だと思います」
―となると、「羽生結弦」というテーマが与えられて
能登「はい。そこで、ほかの人たちと、どう違いを出すかということを考えることは、たぶんできるんですが、何のテーマもなく、フィギュアスケートで撮りなさいと言われると、『えっ、何撮ればいいんだろう』ってなっちゃいます」
田中「たくさんあるツールから、どう組み合わせたら、できるんだろうというのはできるんだよね」
能登「はい。そうですね」
田中「そうなると、正解がないわけですよね。自分のなかで満足させるってことですよね。俺は逆ですね。正解が欲しいんですよ。
ある状態を組み合わせて作っていっても、正解が見当たらないから嫌なんですよ。だから普通にあるものをそのまま撮るのが好きだったり、全くないものから想像して作るのは好きだけれど、ツールを組み合わせて撮るということだと、『これで合ってる? 100点なの?』って思っちゃう。能登さんのように光を作ってとか、この光だったらこうとかは苦手なんですよね。できない。そういう仕事来たら、全部、能登さんに振るけど(笑)。だから違うんでしょうね」
能登「なるほど、なるほど」
能登「田中さんの作品は《ザ・フィギュア》が下地に」、田中「能登さんは自分が生み出したい絵が自分の中にある」
―その違いは、お互いの作品を見て感じますか
能登「僕から見た田中さんの作品は、《ザ・フィギュアスケート》という感じが下地にあって、田中さんなりの違いを出そうとしているのが分かるので、『あっ、そんな瞬間あったんですか』と驚いて、『僕には、そんな目の付け所ないな』と。僕のなかで『あっ』と思わなかった瞬間が、田中さんにはあるなと感じます」
―田中さんから、能登さんをご覧になって?
田中「被写体があって、それをフレームの中で、どこにどう持ってきたら、絵を作れるんだろうなというのが分かっているんだろうなと。前もって決めて撮っているところもあると思う。瞬発力というよりも、自分が生み出したい絵がどこかにあるんだろうなと思っています。(自分には)そういう感覚がないんですよ。被写体が来た時に、かわいく、きれいに撮れたらいいなという撮り方なんですけれど、能登さんは絵を作るという感覚なので、『こういう風に撮るのか』とか、撮り方やレンズの使い方が参考になります。フレーミングもそうだし。空間を非常に大事にしていて『こっち(の空間)を空けるんだ』とか『(被写体が)このぐらい小っちゃくてもいいんだ』と、見てて撮り方がすごく勉強になるんですよ」
能登「撮る側の個性、感性の違いもあると思うんですけれど、元々、スポーツを学んでフィギュアを撮り始めたんじゃないというのが大きいのかなと思います。だからスタンダードな写真が苦手で、エッジが切れちゃったりとか(笑)。そこにうまくアジャストする術を持っていないんですよね。たぶん、田中さんと(シーズン初戦の)オータムクラシックとか撮りに行っても、僕のエッジ切れ率は相当高いと思いますよ(笑)」
田中「逆に言うと、アイスショーでコンビ組むと面白いですよ。僕が普通にスタンダードを撮る人で、(能登さんは)そういうプラスアルファが自然に撮れちゃう人だから、『2人合わせるといい感じになるよね』というのはあるよね」
―能登さんは講演会でも、この写真を撮るために、このポジションを選んだという話をよくされますよね
田中「ゆづとか撮ってきて、初めてですよ。こういうカメラマン。いなかったと思います。みんな練習は見ます。ここで何をやってとか(の確認のために)。この場所では、このシーンだから、この(撮影)ポジションに入れるなら、このレンズを使おうと(事前に練ってから)撮り始めたのは、能登さんが初めてかもしれない。フィギュアスケートではね。
それに影響を受けているカメラマンが結構いて。これまで新聞社のカメラマンはズームレンズしか持ってきてなかったのに、今は(ズームできない)単焦点のレンズを何本も持ってくる。それまでなら考えられないことでしたよ。そういう意味で、相当みんな影響されてますよ」
―ひと昔前までのフィギュアの写真だと、全身入れないといけないとか、スピンやジャンプなど、いかにも演技をしていますというのがほとんどでしたね
田中「スポーツなので(スケート靴などの)道具を入れなきゃって、普通は思うからね。
ただ、やっぱり被写体の力だと思いますよ。羽生結弦という被写体の力に引き寄せられちゃうから。ついついアップに行っちゃうのよ。ゆづの表情とか目つきとか、行っちゃうよね。だけど、逆にちょっと引いてみると、他に類を見ない美しさ、類いまれなるスタイルの良さを持ってるので、そっちに気づいたりするよね」
たなか・のぶあき
1970年生まれ。東京都出身。 2000~01年シーズンからフィギュアスケートを撮影。 「羽生結弦 SEASON PHOTOBOOK」(舵社)を2016年から毎年刊行。
田中「羽生結弦という被写体の力に引き寄せられるけど、最近は引いて美しさを撮りたい」、能登「ズームで寄って表情をより見せたい」
―田中さん、そういう写真多いですよね
能登「うん、うん」
田中「いないんですもん。僕も20年以上フィギュアスケート見てますけど、こういう感じのスタイルの選手は初めて見ましたね。筋肉もあるじゃないですか、ただ細いだけじゃない。難しいんですよ、どっちも撮りたくなるよね」
能登「そこで、もっと長いレンズでアップ目に撮れるのに、あえて引いて横の空間を空けて、脚上げとか撮っているのを見ると、『あっ、そこ捨てましたか』と思うんですよね」
田中「うん、寄りたいけどね」
能登「どうしても、寄りたくなっちゃうんですよ。より表情を見せたいとか。撮れても横位置じゃなくて縦位置で、上げている脚の方だけ入れてという絵を僕はイメージしちゃうんですけど。そこを田中さんは、引きでアップを捨てて、『そこを攻めましたか』というのが、田中さんはあるんですよね、結構」
田中「寄るとね、格好いいの撮れるんですよ。寄った方がカッコいいですよね。カッコいいというのを撮りたいときは、ずっとズームで寄っていって、ポーズ的にうまく撮れなくて、たまたま撮れちゃった時でも、カッコいいの撮れちゃうんだけど、引くと、この人の美しさが撮れるから、美しいのを撮りたいなっていうのは最近あります。結構ジレンマはある」
能登「発表できる媒体を持っていて(何枚も)見せられる環境でないと、できない撮り方だと思います。見開きとかで載せないと、小っちゃい写真になっちゃうから。それを田中さんは見開きで使えるから」
田中「確かに、使える媒体があるっていうのは大きい」
―よく能登さんが講演会で話される見開き用の写真で、こちら側に文字を入れるように空間を空けて撮るとか
田中「そういのも確かに影響されてますよ。こういう風に撮ったら空間が生きるなとか。タイトル入れられるなとか。これ表紙に使ったらロゴ入れられるなとか考えて。そういうのに結構影響されている」
田中、能登「ほかの人の写真は見ない(笑)」
―それだけ、羽生選手の写真が求められているからですよね
能登「あとファンの方の見ている目も肥えてきているから」
田中「いやー、ホントですよね。俺らの何十倍って写真を見てるじゃない、ファンの方々は。一般紙、スポーツ紙を含めて、一つのプログラムで何百枚見てるのかというぐらい見てる。そこに写真集とか出さないといけないから、変なの出せないというストレス、プレッシャーは常にあるのよね。後出しじゃんけんなのに勝てない。先に出されちゃうからねえ(苦笑)」
能登「ほかの人の写真は極力見ないようにしています」
田中「同じですわ。ゆづの写真は全然見ないです」
能登「変なイメージをインプットしたくないというか(笑)」
田中「一緒ですね。ホント一緒(笑)」
能登「そのイメージがあると(そちらに)寄ってっちゃう可能性がある」
田中「あるよね」
能登「たまたまタイムラインとかで見かけて、《いいね!》が付いてると、ファンの方はこういうのが好きなんだろうなというのは認識しつつも、『ここに寄っていったら、まねごとになるな』、『これに寄せても自分はいい方向に行かないな』という頭が働くんで、極力、ほかの人のは見ないようにしています」
田中「能登さんは基本的に、ほかの人とフォトポジションが違ったりするからね。『みんな行ってるから、違うところで違うもの撮りますよ』という頑固なところもあったりするけど、きょうはこのポジションで撮れるなら、このシーンは押さえなければならないというこだわりもあるし」
のと・すなお
1976年生まれ。仙台市出身。2007年から本格的にフィギュアスケートの撮影を始める。 「YUZURU 羽生結弦写真集」「YUZURUⅡ 羽生結弦写真集」「羽生結弦大型写真集 光 -Be the Light-」(いずれも集英社)
田中「ゆづは別格。表情が多い」
ー動画で見てると全く気付かないんですけど、写真だといいいってありますよね。それはどこで見つけるんですか
能登「公式練習ですよね」
田中「結構、真剣に見ています。どこで何やるか、ここからだとどのぐらいの距離だ。レンズは何を使うか。特にゆづの時はね。この人は被写体としては別格じゃないですか。なんかね、表情が多いのよ。特にゆづの練習は見ますね。ゆづは本当に別格に表情が豊富というか、演技に感情が乗るというか、そこにこちらが引き付けられますね」
能登「そういうのが出るんでしょうね」
田中「思い入れというか。その試合に込める思いというか。この試合は、こうでありたいとか、もしかしたらあるのかもしれないし」
能登「アイスショーでも違いますし、日ごとに」
田中「違いますね」
能登「ニヤッとしてたり、真剣に入り込んでる日もあったりと」
田中「そこに俺らも入っていっちゃいますからね。きょうは、こんな感じだって。不思議な人ですね」
能登「逆に表情をファインダー越しに見つつ、自分も合わせていかないと、いい写真が撮れないというのはあるかもしれない」
田中「あるかもしれない」
能登「テンポに合わせてシャッターを切るとか」
田中「本当に難しいんだよね、ゆづ。動画を見ていると、『本当にきれいでいいなぁ』って思うけど、写真に撮るといいシーンを押さえきれないというか。本当にいいシーンは、どこかなって思っちゃうからね」
能登「動きが速すぎて追えない(笑)」
田中「4分間、ほんとうに、信じられないくらい動いてますよね!」
能登「結弦君は耳がいい」
能登「あそこまで耳のいい選手は、これから出るかと言ったら難しいですよね」
田中「曲と音、演技。聞いてて嫌なところないよね。(ショパンの)『バラード第1番』でもそうだけど、「ピン」という音に(動きが)ピタッとはまってるから、怖いよね。曲と振付が合わないと、僕ら撮ってて気持ち悪いんですよね」
能登「リズム狂ってると、いい写真残らないんですよ。音に合わせてシャッターを切る感覚なので」
田中「こっちは(ファインダー越しでしか見えないので)音しかわからないから。音で、ここで来るなという瞬間があるんです。たとえば、その音の前から振りが始まっていると、こちらの撮るタイミングがずれてシャッターを切ってしまいます。ゆづの場合は、音と振付がマッチして、ピタッと来てるから、そういうストレスがない。
撮ってても、(スタンドなど)上にいても目が合うよね。撮ってる場所も何気に分かってる気がする」
能登「でしょうね。それぐらい冷静に俯瞰で見ている自分もいるんでしょうね。リンクに入ってきた瞬間は、結構キョロキョロしますね」
田中「自分のなかで(会場の)図面ができてるんじゃないかな」
能登「空間認知というか」
―場を全部支配する感覚なんでしょうか
田中「あるんじゃないですか。こちらの想像を超えるスケーターだと思います」
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