大人なら、一人でできて当たり前?
メシ通ライターの飯炊屋カゲゾウです。
私ももう40代中年男性。これまでも少しずつ大人の階段を上ってきました。一人でBAR、一人でスナック、一人で寿司屋のカウンター。
若い頃ならビビり躊躇していた「大人なら一人でできるもん」をそれなりに経験してきたつもりです(あっ、あくまでもマクラに「地元で」がつきますよ。これが「銀座で」となるとまた別問題)。
しかし、今もってまだ怖くて試せていないことがあります。それが……!
蕎麦屋で「天ぬき」を注文すること、です。
蕎麦屋の「天ぬき」とは?
天ぷら蕎麦を頼む時に「天ぬき」という注文の仕方があるらしいのです。
「らしい」と伝聞なのは、恥ずかしながら人生でまだ一度もこれを試したことがないのです。
あっ、「天ぬき」って聞くと「天ぷらを抜くってこと? それって、ただの“かけそば”じゃん!」って思いません? いや違うんです。
「天ぬき」とは天ぷら蕎麦から「蕎麦」を抜いたものです。
つまりお椀の中身は温かい汁と天ぷらがあるだけ(別盛の場合もあるそうです)。
注文の意味としては「天(ぷら蕎麦の“蕎麦”を)ぬき」で、ってことなんですね。
ネットで「天ぬき」と検索するとみんな「天ぬき=かけそば?」と判で押したように同じ疑問と同じツッコミを入れてます。
関西などでは「天吸い」という言い方もあるらしく、こっちの方が実物のイメージが湧きやすいですね。
注文できない理由→「断られたら確実に心が折れそう」
蕎麦屋で「天ぬきで!」とオーダーするだけなら、イージーだと思いますか?
いや、違うんですよ。これって裏メニュー的なものなので、基本的にお品書きに載ってないんですよ。
最初から「天ぬき」がメニューに記載されているお店も一部あるみたいなんですが、少なくともウチの近所では皆無。
一見で入ったお店ではオーダーしにくいし、まず試すなら行きつけの蕎麦屋ってことになりますよね。
でもそこで店員さんに「え! それなんですか?」とか「いえ、ウチではやってません」なんて返された日には……おっさんのガラスのハートは簡単に粉々になってしまうじゃないですか。
いやそれよりも蕎麦屋で天ぬきをオーダーするなんざ「常連のみに許された特権」なんて声もあるんですよ。
断られた日には「あれ、オレってこのお店の常連とは見なされていなかったのか……」なんて、あらぬ想像をして落ち込みそうです。ああ、ダメだ。やっぱり蕎麦屋で天ぬきは頼めない。
だったら「天ぬき」を自宅で試せばいいじゃない
外で怖くてオーダーできないものは、家で作っちゃえばいいんですよ。というわけで、自宅で「天ぬき」です。
材料(1人前)
- 天ぷら(お好みのもの) 1つ
- かけ汁(めんつゆの素をかけそばの希釈で割ったもの) 200cc
天ぷらはスーパーマーケットやデパ地下のお惣菜コーナーで、お好きなものを選んでください。もちろん自分で揚げてもOKです!
エビ天や野菜天の盛り合わせなど個人的にも大好きですけど、今回は具がいろいろ入ってにぎやかな貝柱のかき揚げにしてみました。
まずはかき揚げを温め直しましょう。調理から時間がたって衣がへなへなになっています。このままじゃ味気ないですもんね。
これをオーブントースター(ウチでは魚焼きグリル)で温めます。
で、まずティッシュを水で濡らして、天ぷらの衣全体に軽く水を含ませます。霧吹きをお持ちならそれでシュッシュしてください。
表面を湿らせておくと、庫内の温度が上がって水分が蒸発する際に、衣の内部にあった水分も一緒に蒸発するのである程度サクサク感が復活します。
かけ汁も作りましょう。めんつゆの素をかけそばの割合で希釈して温めます。
汁は熱々がオススメですが、火傷にはお気をつけくださいね。ここで先ほど温めたかき揚げを添えれば自宅版天ぬきの完成です!
なんでわざわざ天ぬきを食べるのか?
天ぬきは酒飲みのための江戸時代からある食べ方で、酒飲みたちから「蕎麦屋のアテ」として末永く愛されてきた一品。
それにしても天ぬきって、ちょっと不思議な料理だと思いませんか? 天ぷらを食べるのなら、塩、もしくは天つゆをつければいいところを、わざわざ汁に浮かべている。
蕎麦前における「焼き味噌」についてご紹介したことがありますが、
天ぬきもまた、蕎麦前のひとつなんですね。
酒飲みたるもの、蕎麦を手繰る(たぐる)前に一杯やりたい。そのためには腹にたまらない、だけどうまいアテが欲しい。そんな葛藤のなか、江戸時代の酒飲みたちは天ぷら蕎麦から蕎麦だけを抜いちゃったらしいんですよ。
というわけで、天ぬきを食べるのであれば、日本酒を外すなんてぇことはありえません。ここで冷や(常温)の日本酒もいいですが、オススメしたいのは熱燗(もしくはぬる燗)です。
天ぬきと熱燗。温度がつなぎになる口福
まずは、トクトクトク……と、おちょこを満たして熱燗をひと口、間髪いれずに汁をそっと飲む。そうするとですね、口に入った時の温度のアタリが似ているわけです。
つまり「温かさ」がつなぎになるというか、2つの液体の間に切れ目がなくなるというか、これがなんとも塩梅がいい。
そして酒と汁が溶け合い、薄膜を1枚張ったような口内のまま、かき揚げをガブリといくわけですよ。
衣の乾いた部分はサクッ! 汁に浸った部分はジュワッ! 噛めば硬軟の衣と貝柱のうま味が優しくほぐれていきます。
ここで熱燗をまた一献。するともう……皆までうまい。
なるほど、江戸時代から酒飲みはアテのなんたるかがわかっていやがるゼ。
さて、このままかき揚げを入れておくと、ダシを吸いきってしまい、ともすればくずれ汁内で散り散りになってしまうわけですが……それでいい、いやそれがいい。
衣からはじわじわ油が溶けだして、澄んだ汁がどんどんコクのあるスープのようになってきます。
ここでトゥルトゥルになった衣と油膜で神々しく輝く汁を一緒に啜(すす)るのがうまいのなんのって!
この時間による味の変化と共に酒を楽しむことこそ、天ぬきの醍醐味なんだと思います。天ぬきには他にも「鴨ぬき」、「おかめぬき」などのバリエーションもあります。
私が天ぬきを頼めない本当の理由
最後に恥ずかしながら、天ぬきを頼めない本当の理由を告白します。冒頭でさもそれらしいことを述べましたが、真の理由が別にあるのです。
お店にもよるのですが、どうやら一部のお店では「天ぷら蕎麦」と「天ぬき」で同じお代を取るらしいんですね(天ぬきの方が安いお店もあります)。
こ、これは痛い。なにしろ貧乏な性分なので蕎麦がないのにあるのと同じお代を払うのは正直惜しい。まあ、こんな考え自体が野暮なのですが。
それでいて、これは個人的な見解ではありますが、蕎麦屋に行っておきながら〆に蕎麦を食べないって、それはそれで野暮ですよね。
だから、〆の蕎麦を前にしながら「ああ、さっき“天ぬき”にしなければ、この蕎麦代はかからないんだよな」などとチラッとでも雑念が湧いた瞬間、ろくすっぽ蕎麦の味を楽しめないに違いありません。
というわけで、お店で天ぬき頼めない日々は……やはり当分続きそうです。
書いた人:飯炊屋カゲゾウ
1974年生まれの二女一男のパパ。共働きの奥さんと料理を分担。「おいしいものはマネできる」をモットーに、料理本やメディアで紹介されたレシピを作ることはもちろん、外で食べた料理も自宅で再現。家族と懐のために「家めし、家BAR、家居酒屋」を推進中。「双六屋カゲゾウ」名義でボードゲーム系のライターとして活動中。「子育屋カゲゾウ」名義で育児ブログも更新中。
からの記事と詳細 ( 蕎麦屋の天ぬきが怖くて頼めない→自宅で「ひとり天ぬきプレイ」をしてみた - メシ通 )
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