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Monday, February 8, 2021

“いろんなことのために戦わないと”──ルイス・ハミルトンがBLM運動を積極的に提唱推進する理由 - GQ JAPAN

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同記事は英版『GQ』で掲載された「'Lewis Hamilton: ‘There are so many things to fight for'」を翻訳・編集したもの。

ルイス・ハミルトンにとって2020年が自身の35年の人生でのなかでもっとも偉大な年であったことは、いかなる基準に照らしてもまず間違いのないところだ。10月のポルトガルGPを終えた時点でF1通算勝利数を92としてミハエル・シューマッハーの持っていた最高記録=通算91勝を超えたし、11月のトルコGPで勝って7度目のワールド・チャンピオンシップを獲得してもいる。こちらはミハエルの記録と並んでF1史上最多だ。担当エンジニアのピーター・ボニントンが言うとおり、彼は「歴史書を書き換えている」。

英版『GQ』の「ゲイム・チェンジャー・オブ・ザ・イヤー」となったハミルトンはしかし、たんに「スポーツ界のすごい人」というだけの存在ではない。黒人がほとんどいないF1の世界で人種問題が話題になることはめったにないが、彼は文字どおり高いところから、すなわちポディウムの上から人種差別反対の声を上げたのである。レース前にはコース上に片膝をついたし、チームにはたらきかけてクルマの色を変えさせたりもした。いま世界はまさに変わらなければいけないときを迎えており、彼はその変化を強力に推進してきた。結果としていろいろいわれたりもしているけれど。今回、7度目のチャンピオンシップに王手がかかったタイミングでのインタビューでわかったことには、彼は新たなスタートをきりつつある。コース上でも、コースの外でも。

ミサン・ハリマン:BLM運動を積極的に提唱推進していこうと思ったきっかけはなんでしたか。

ルイス・ハミルトン:例の(ジョージ・フロイド殺害の)ヴィデオを見たから。他の人たちを護るために雇われた人たちによって、1人の人間の生命が消去されていく。殺されながら、助けを求めて彼が母親を呼んでいるのが聞こえて。あんなことが繰り返されたんだから、いま多くの人がこんなにも声を大にして訴えているのは当然だと思いませんか。あのヴィデオを見ていたらいろんな感情がこみ上げてきて、思わず涙ぐんでしまって。自分にとって初めての人種差別の体験は5歳のとき、殺すぞとかやっつけるぞとか脅迫的なことをいわれて、でも、まわりの人たちは特になんとも思ってないみたいだった。「コース上戦って勝てばいい」と父からいつもいわれてたから、当時はそんな目にあっても一切、口をつぐんでたけど。でも、僕ら黒人は、これまであまりに多くのことを我慢させられてきすぎたと思う。で、「もう黙ってなんかいられない。行動を起こさないとだめだ」と。黙ってたら、この先何世代も状況は変わらない。自分が子供の頃にした体験を姪や甥にさせてもいいかといったら、そんなの、真っ平御免だし。

──F1界からの反応については、どんな感じですか。スペインGPでいうと、レース前に整列したとき、あなたの呼びかけに応じて片膝を地面についたドライバーが20人中13人いて、やらなかったドライバーが、たしか、7人……。

思い立ったらわりと反射的に行動に移してしまうタイプなのでみんなに声をかけて、最初にリアクションがあったのはウチのチームから。F1全体もそうだけど多様性を認めないようではダメだとチームに入った頃からずっといってきて、いまの状況はこうなんだとか何度もじっくり話し合って、で、知ってのとおり、ついにクルマの色をブラックに変えることができたわけです。命令系統のいちばん上から動いてくれないと、ああはならない。なかでも最高だったのはパートナー(スポンサー)の反応がよかったことで、なにしろロゴの色を変えないといけなくて。このへんのことって、チーム運営上の最重要イシューだから。F1界全体として、ということでいっても、どっちの方向へ進んでいくのが正解なのかをいまはみんなものすごく気にしてると思う。ピリピリしながら。

13人が片膝をついて、あとの人たちがなぜやらなかったのか、それはわかりません。「ルイスと同じことするなんてイヤだ」と思ってたのかもしれないし、たんに意味がわからなかっただけかもしれない。これだけたくさんの人がいるんだから、なかには僕らのやってることをまだ理解できてない人だっていると思う。

──こんなに勝ちまくってこなかったとしたら、いまやっているのと同じ行動はとりにくかったと思いますか。

F1以外のスポーツの世界に目を向ければ、そんなにめちゃくちゃ成功していなくてもやっている人はいますよ。でも成功すればするだけ聞いてくれる人は多くなるし、発言の影響力も強まるわけで。これまですごくすごく苦労してレースをやってきて、おかげでいっぱい勝てたしチャンピオンにも何度もなれてほんとによかったけど、でも数字だけみてるとわけがわからなくなってもくるし、それと、なんだって自分はわざわざモーター・レーシング界の黒人代表みたいな存在になろうとしたのか? とか。これまでの成功やこれからもレースをやり続けるのはなんのためか。自分の発言や行動が、世界が変わるための助けになる。そのためにやってるんだということがわかってきて、いま自分はここにいる。で、最終的に目指しているのはF1の進む方向を変えること。僕がいなかったら、ブラック・ライヴズ・マターのムーヴメントがなかったら、あるいはジョージ・フロイドの死があれほど世界中から注目されなかったら、F1の世界はこうなっていなかった。将来においてそういわれるようになっていたら、ゴールに到達できたということで。

──ポルトガルGP前にヴィタリー・ペトロフが、ブラック・ライヴズ・マターの運動に賛成できない旨の発言をしました。FIAが彼をあのレースのステュワード(レース審査員)として任用したのはまずかったと思いますか。

その件についてFIAがどういっているのか聞いていないけど、あれだけ大きな組織でしかも統治機関なんだから、自分たちと意識を共有できていないことがわかっているような人物をわざわざ雇ったりするとは考えにくいというか……なので意味がわからないです。あの人物のことは正直よく知らないのでいいとかダメだとかコメントなんてしたくないし、それに結局は発言者本人に返ってくることなので。でも彼がいってるような方向へ進むべきではないし、もっといえばあれって時代を逆戻りする方向だと思う。たとえばドナルド・トランプは誰が見てもレイシストで、「この部屋のなかでは自分がいちばんレイシストから遠い人間だ」なんていってるぐらいだから、本人もそれをわかっている。なのに多くの人たちが事実からわざと目をそむけている。マイノリティに対してだけではなく、福祉関係や他の政策に関しても数々の酷いことをトランプはいっているのに、気がつかないふりをしている。

──トスカーナGPであなたは政治的メッセージが書かれたTシャツを着てポディウムに上がりました。あのあとでルールが変更されていまはもう禁止対象行為になってしまいましたが、それでもあえてまたやるつもりはありますか。

やるだけの意味があることだと思ったら、たとえ違反になろうとも。あの週末に向けてはブレオナ・テイラーの事件(注※1)が心に刺さってて、Tシャツを何週間も探して、やっと手に入れて。週末にサーキットへいけば僕らはスポットライトを浴びるし、そのたびに注意喚起のためのチャンスがやってくるから。2位になって表彰台であれを着てたって意味ないと思ってたからトスカーナのレースでは「よし、絶対1位になるぞ」って感じで最後の1オンスまで絞り出して全身全霊を注いで走って勝って、「ブレオナ、見ててくれてるかい?」って。勝者が自分以外の誰かのために表彰台のいちばん上に立ったのは、70年のF1の歴史のなかで唯一あのときだけ。というわけで、気分は最高でした。

© Mark Thompson

──史上最多タイとなる7度目のF1ワールド・チャンピオンシップを目前にして独走状態のいま、どんな気持ちですか。いまの状況が腑に落ちてきているかとか、そのへんについてお訊きしたい。あなたのことだから、すっかり整理はついているのかもしれませんが。

初めてチャンピオンになったのは10歳のときで、なにがよかったかって、父親が上機嫌になったこと。タフな男で、ちょっとやそっとのことでは全然喜んでなんてくれないんだけど、初めてチャンピオンになったあの日は親子で「ウィー・アー・ザ・チャンピオンズ」って歌いながらサーキットをあとにしたことを覚えてます。それと忘れられないのは、あのとき、なんともいえないホッとした気持ちになって。学校の成績はどんなに頑張っても全然パッとしなくてレースで速いだけが取り柄の子供が、チャンピオンになって初めて安堵感を味わうことができた。

あとになってわかったけど、チャンピオンシップなんてとったってなんにも変わらないですよ。ホンの束の間ホッとして気を抜けるだけで、すぐまた「よし次」って。何度もとっているうちに安堵感を落ち着いて長めに味わえるようにはなるけど、基本的にはアッという間だから。自分もふくめてF1で7回もとれるなんて誰も思ってなかっただろうけど、でも現実に僕はいま史上もっとも成功したF1ドライバーの記録に並ぼうとしてるところで、通算勝利数ではもう勝ってる。しかもまだ現役だから、8回目以降のチャンスもないとはいえない。もしたとえ個人名が抹消されたとしても有色人種がF1の歴史のなかで頂点に立った事実は残るだろうし、それは僕にとっておおいに誇るに値することだと思う。というか、おそらく、一番。

──いまがご自身のドライバーとしてのピークだと思いますか。それとも、さらに強くなれるでしょうか。それと、全ドライバーが同じ性能のクルマで戦うF1というのは、どうですか。

じゃあまずドライビング関係のことから答えると、昨日のレースを戦ってる最中も、自分はまだ強くなってるなと。運転操作のスキルの精度的にもそうだし、戦略上の直観と全体の理解と、それとタイヤの使いかたも前より上手くなってきてて。まさかそんなになるとは思ってもなかったからすごく嬉しかったけど、でもラクして速くなっているわけではないですよ。ハードに努力しないと。いまのF1は強いチームとそうでないチームとのギャップがすごくて、ウチのマシンは強い。だから僕が勝てるのはクルマのおかげというセンで片付けたい人が多いんだろうけど、だったら是非とも全員同じ性能のマシンで走って純粋にドライバーの速さを較べてほしい。コースも本気で争えるところを選んで。そしたら、わかりますよ。かつて僕は(フェルナンド・)アロンソを負かしている。22歳のF1ルーキーが、ドライバーズ・ランキングで彼の上にいった。いまだって、現実にはそんなことはまず起きないだろうけど、もし仮にマックス(・フェルスタッペン)がウチのチームへやってきたとしても、僕は彼を負かしてやる。それを見てみんなは「八百長だ」っていうだろうけど。

──実はずっとフェラーリでドライブしたがっているという噂がありますが。

ずっとファンでマイケルが勝ったチームだからということもあってフェラーリに対する気持ちは常にポジティブだし、クルマを買えるようになって真っ先に買ったなかの1台がフェラーリだったりもしたけど、でも僕があのチームのドライバーになることはないと思う。フェラーリはとてつもなくアイコニックなチームだしブランドですよ。やりかたや価値観が僕のと100%ピッタリ合っているわけではないと感じたこともあったけど、F1ドライバーなら誰だって一度はフェラーリでドライブしたいと思うものでしょ。でもいま僕がやりたいのは、メルセデスをF1の外の世界でもさらにいいほうへもっていくこと。これからもずっとメルセデスのマシンは速いだろうけど、でも問題は、いかにしてもっと多様性を認められるチームになるかってことだから。

コート、パンツ、カットソー全て参考商品/FEAR OF GOD exclusively for Ermenegildo Zegna(ゼニア カスタマーサービス)

© Misan Harriman

──F1を引退したら、なにをしますか。サルサ・ダンスとか魚釣りとかサッカー・ゲームとか、ですか?

サルサ・ダンスはなしで。あと釣りも絶対。ヴィーガンだから、海へいって魚を釣ったりとか、ありえない!  でも、F1以外にやりたいことはいっぱいありますよ。まずお楽しみサイドでいうと、ちょっと俳優をやってみたい。音楽が好きだからそっちの活動も続けたいし、ピアノを習いたい。それと外国語も。母親がダンサーなので、いっしょに練習するのもいいかな。

ビジネス方面に関しては、『フォーチュン』のトップ500のなかに黒人所有の企業があまりないから、そこに入るようなことをやりたいと思っている。僕の場合はトミー・ヒルフィガーなんかといっしょにやったこともあって、そのおかげでファッション産業に対してすごく目を開かれたし。ファッション産業は大好きだし、いつか自分のブランドをもつことができたらいいなというのは本気であります。サステイナブルで、倫理的にもカンペキな。それと、テック産業には常に興味があって。だって未来はそこ頼みだと思うから。でもいちばん大事なのは、組織といっしょに仕事をすることで世の人々の目を大事なことへ向けさせるってこと。やらなきゃいけないこと、実現のために戦わなきゃいけないことがたくさん。

──労働党内閣で大臣を務めたヘイン卿が超党派議員団のF1部会の副議長をやっていて、彼にいわせると、あなたがまだナイトに叙任されていないのは「許容しがたいこと」だそうですが。

その話、いま初めて聞いたんだけど! 僕はそんなののためにレースはしてないので、「ナイトになるためには勝たないと!」とか、ないです。祖父が第2次大戦に従軍したときの勲章はすべて持ってるし、キャプテン・サー・トム(イギリスの退役軍人のトム・ムーア氏。英国民保険サービスのために3300万ポンドの寄付を集め、2月2日に新型コロナ感染症のため100歳で亡くなった)は尊敬してます。いつの日か僕がそういう立場になったとしてノーとはいわないだろうけどいまはそっちに特には関心ないし、ナイトの称号を授かるのにふさわしいのは、誰も知らないところで世の中のために素晴らしいことをやった人だと思う。自分がバッキンガム宮殿へ呼ばれてMBEを授かったことはとてもありがたく感じる。スティーヴニッジのガキんちょだったところからついに、って。キャプテン・トムなんて100歳で叙勲されてるし最高ですよ!(注※2)

──黒人コミュニティの一員として私も自分たち自身のことをおおいに誇りに思って生きていますが、でもときどき残念に思うのは、あなたが成し遂げた大成功がもっとずっと早い段階で広く認知されていたらと。コース上での活躍ではなくコース外での政治的な行動によって世間の注目を浴びることになったというのは、これはいわばシュールリアルなことですらあると思います。つまり、それだけコース外でのアクティビズムの及ぼした影響がすごかったということですが。

2020年がこんなことになるとはまさか思ってもいなかったから、複雑な気持ちです。悲しみと、分離と、裁きと、試練。人生でもっとも忘れがたい1年になると思うけど、でもそういうことをいう前に、まだやるべきことがある。なんとしても7度目のタイトルを獲らないといけない。7度目をとって、でまた片膝をつく。いうべきことをいう。もうすぐですよ。やる気満々。昨晩レース(イタリアで開催されたエミリア・ロマーニャGP)から戻ってきたときは「勝ったなんてホントかよ?」って感じだったけど、ぼやぼやしてはいられない。世界はどんどん動いていってるからね。

※1:2020年3月13日、米ケンタッキー州ルイビルで26歳のアフリカ系アメリカン人女性のブリオナ・テイラーが自宅アパートに踏み込んできた警察官に複数回銃撃をうけて死亡した事件。

※2:ルイス・ハミルトンは2021年の女王陛下新年叙勲者リストでナイト爵を授与された。

Words & Photos by Misan Harriman Translation by Keita Mori

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