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Friday, May 15, 2020

おじさん軍団と新人女性刑事が今回挑むのは、未解決の名医殺害事件! 加藤実秋『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』#1 | 加藤実秋「メゾン・ド・ポリス」 | 「連載(本・小説)」 - カドブン

加藤実秋「メゾン・ド・ポリス」

加藤実秋さんの大人気警察小説シリーズ最新作、『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』が、5月22日(金)に発売されます。
老眼、腰痛、高血圧。でも捜査の腕は超一流のおじさん軍団×新人女性刑事が追うのは、12年前の〈未解決〉名医殺害事件! さらに本作では、退職刑事のシェアハウスの誕生秘話も明らかに!? 刊行に先駆けて、第一話をカドブンで特別公開します!(こちらは「カドブンノベル」2020年4月号に掲載時の内容になります)
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第1話 ストーカーで開幕! 未解決事件を追うおじさんたちが新たな犯罪に直面

 甲高い声で女がなにか言い、どっという笑い声が続いた。
 缶チューハイを口に運ぶ手を止め、すがげんいちは傍らの壁をにらんだ。女の声はさらに続き、それにかぶせるように男が早口の関西弁でわめく声もして、また笑い声が起こった。
 怒りといらちを覚え、菅谷は拳で壁をたたいた。手応えと軽い音で壁の薄さがわかり、煙草たばこのヤニで黄ばみ、キズやシミだらけの壁紙に建物の古さを感じる。
 隣室からはなんの応答もなく、壁越しに聞こえるテレビの音声も小さくならなかった。しかしテレビの番組はコマーシャルに入ったらしく、壁越しの音はゆるやかな音楽に替わる。
 舌打ちし、菅谷は缶チューハイをあおった。あの野郎。自分の部屋にテレビがあるのを自慢して、わざと音をでかくしていやがる。そう思うと、怒りと苛立ちが増した。同時に自分の部屋が目に入る。
 三畳一間に面格子がはまった窓が一つ。室内に置かれているのは折りたたみ式のローテーブルとカラーボックス、小型冷蔵庫、布団が一組。一泊千五百円でエアコンは付いているが、テレビはワンランク上の一泊千八百円の部屋にしか付いていない。
 コマーシャルが終わり、また壁越しの女の声が始まった。神経を逆なでされ、菅谷は空になったチューハイの缶を壁に投げつけた。ローテーブルには、既に空になったチューハイの缶が二本載っている。
 日雇いの解体工事の仕事を、高齢を理由に断られ続けて三日。手持ちの金が尽きかけていることも、菅谷の怒りと苛立ちに拍車をかけていた。
 どっとまた笑い声がして、そこに男の低くかすれた笑い声が重なった。男の声はテレビの音声ではなく、隣室の宿泊客のものだ。
「うるせえぞ!」
 そう怒鳴り再度壁を叩いたが、男の笑い声は菅谷を挑発するように大きくなる。
 五日前に菅谷がこの簡易宿泊所で寝泊まりを始めた時、男は既に隣室にいて、テレビの音声はほぼ一日中聞こえてくる。フロントを通して注意してもらったが、効果はなかった。
 強い怒りを覚え、菅谷はうようにして部屋の奥に行った。たたんだ布団の脇に置いたバッグをつかみ、ファスナーを開ける。着替えや仕事に使う工具など全財産が詰まっているが、一番上に載っているのは包丁だ。昼間近所のスーパーに行き、缶チューハイは買ったが、包丁は万引きした。
 酔いと興奮で思うように動かない手で、菅谷は包丁を箱から出した。片手で木製の黒い柄を握り、立ち上がった。ローテーブルの脇を抜けてドアに向かう。
 狭い裸足はだしにサンダルを突っかけ、菅谷はドアを開けて廊下に出た。廊下も部屋と同じように汚れて古ぼけ、壁の左右に客室のドアが並んでいる。
 ノブをつかんで回すと、隣の部屋のドアは開いた。大音量のテレビの音声とともに、菅谷の目に室内の光景が映った。
 部屋の広さも置かれているものも同じなのに、窓の前にしつらえられた棚に小さな液晶テレビが載っているだけで、自分の部屋より格段に明るく温かみもあるように感じられる。
 こちらに背中を向け、テレビの前に座っていた男が振り返った。白髪に無精ヒゲ。としは六十三の菅谷より少し下か。
「なんだ、お前」
 くぼんで濁った目で男が菅谷を見た。グラスを手にし、向かいのローテーブルにはペットボトルの焼酎が載っている。
「うるせえんだよ! 音がデカいって言ってんだろ」
 三和土に立ち、菅谷は怒鳴った。こうして押しかけるのは二度目だが、男に動じる様子はなく、
「はあ? 聞こえねえなあ」
 ととぼけ、空いた方の手を耳に当てて見せた。その拍子に淡いグレーのスウェットシャツの袖口から、腕時計がのぞく。着古したスウェットシャツとは不釣り合いな重厚で高級感のある腕時計で、文字盤の周りは金色だ。
 前に怒鳴り込んだ時も、男はこれ見よがしに袖から腕時計を覗かせた。見下された気がして、菅谷の怒りは抑えがたいものになる。
「ぶっ殺すぞ。この野郎!」
 菅谷は叫び、包丁を突き出した。
 しかし男がそれを確認する前に、テレビから関西弁の男がなにか言う声が流れた。客が一斉に笑い、男も視線をテレビに戻して笑った。菅谷の目に、男の赤黒い横顔と瘦せた喉が映る。男は笑いながらグラスの焼酎を飲み、それに併せて、飛び出した喉仏が生き物のように上下した。
 激しい嫌悪感が衝動に変わった。菅谷は包丁の柄を両手で握り、サンダルのまま部屋に上がって、転がるように男にぶつかっていった。
 どすんと菅谷の体に衝撃が走り、男の笑い声が途切れた。続けてグラスが畳に落ちる気配があり、焼酎のまつが菅谷の手にかかった。自然と目が動いて自分の手を見ると、握りしめた柄の先にある包丁の刃が、半分ほど男の脇腹に刺さっていた。
 耳元で獣のほうこうのような声が響き、男が両腕を振り回した。その脇にうずくまっていた菅谷は突き飛ばされ、畳に横倒しになった。
 男は叫び続けながら腰を浮かせ、脇腹に刺さった包丁に手を伸ばそうとした。
 やられる。焦りが押し寄せ、菅谷はふらつきながらも体を起こし、男より早く柄をつかんで包丁を脇腹から引き抜いた。男の叫びが、苦痛と恐怖を伴ったものに変わる。
 菅谷は片手で男の肩をつかんで立ち上がり、もう片方の手で握った包丁を振り上げた。そして男の首に脇から一度、二度と包丁を突き立てた。
 目の前で赤いものがばっとはじけ、包丁を握った手に生ぬるい液体が散った。それが血なのはわかったが、菅谷は構わず三度、四度と男の首に包丁を突き立てた。
 血で手が滑って包丁の柄を握れなくなり、菅谷は動きを止めた。すぐに自分が汗だくで肩で息をしていること、男はぐったりしていつの間にか叫び声もんでいることに気づいた。男の首からは血がどくどくと流れ、スウェットシャツを赤く染め、畳もらしていく。
 菅谷は男の肩から手を放し、身を乗り出してローテーブルの上のリモコンをつかんだ。右上の赤い電源ボタンを押すとテレビが消え、音声も途絶えた。
 心の底からほっとして、菅谷はリモコンと包丁を持ったまま大きく息をついた。

「手のひらに、ほろほろつる、桜かな」
 たかひらあつひこは、手にした短冊をこちらに向けた。短冊には筆ペンで、読み上げた俳句が書かれている。
「いいですね。初心者としては上出来です」
 にこにこと笑い、ありつぐがコメントする。高平が「本当ですか? うれしい」と顔をほころばせると、伊達も手にした短冊を読み上げた。
ろうおうに、我が身重ねし、の上」
 ほう、とみんなが声を漏らした。メゾン・ド・ポリスの庭に大きなゴザが敷かれ、おじさんたちが座っている。その前には樹齢百年近いという桜の大木。長く伸びた枝は、満開の花をつけている。
「お見事。さすがは伊達さん……はい。お次はなつさん。一句披露して下さい」
 ゴザの上の重箱からいなり寿司を取りながら言い、高平が振り向いた。重箱には他に野菜の煮物や卵焼き、とりの唐揚げなどが詰まっている。
 ゴザの脇で陶器製のフードボウルにペットボトルの水を注いでいた夏目そういちろうは手を止め、答えた。
「僕はちょっと。後回しでお願いします」
 ペットボトルを持ち上げると、シェパードのバロンが近づいて来て水を飲んだ。水のボウルの隣にはもう一つボウルがあり、高平が作ったイヌ用のごちそうが入っている。
「あらそう。じゃあ、さこさん。どうぞ」
 高平に振られ、迫田たもつはグラスのビールを飲み干した。黒いジャージの袖で口を拭い、グラスにビールをつぎ足し、こう言った。
「毎日が、花見ならいい、酒飲める」
「やだもう。なんですか、それ」
 眉をひそめた高平に背中を叩かれ、迫田は返した。
「いいじゃねえか。『花見』って季語も入ってるし、立派な俳句だろ」
 そしてビールをあおり、盛大なゲップをした。あぐらをいて座った迫田の前にはビールの空き缶が三本と、料理を盛った皿が置かれている。
「迫田さん、飲み過ぎですよ……とうどうさん。お願いします」
 高平は今度は、迫田の隣の藤堂まさを促した。こちらもあぐらを搔いているが、ワイシャツにネクタイ、三つぞろいのベストとスラックス、のりの利いた白衣という恰好で、指先でワイングラスの脚をつまんでいる。グラスを満たすのはロゼワイン。「桜と色を揃えたんだよ」と、さっきしたり顔で語っていた。
 藤堂はワインを一口飲み、もったいをつけるように黙り込んでから言った。
「菜の花や、ひねもすのたり、のたりかな」
 最後に首を回し、高平の腕を見る。高平の両腕には彼のトレードマークであるアームカバーが装着されていて、今日は菜の花柄だ。
「まあ、ステキ。でも、どこかで聞いたような」
 アームカバーをさすりながら、高平は首をかしげた。
「『菜の花や』も『ひねもすのたり、のたりかな』も、そんの有名な句の一節です。藤堂さん、盗作はいけませんよ」
 笑顔を崩さず巻きを頰張りながら、伊達が諭す。身にまとっているのは、くすんだピンクのニットベスト。このニットが彼のトレードマークだ。
「失敬失敬。なまじがくがあるものだから、つい」
 そう返して笑い、藤堂は手のひらで白髪交じりの髪の乱れを整えた。それを見て迫田が「けっ」と顔をしかめ、こう続けた。
「また一句浮かんだぞ。来年は、誰かあの世で、花見かな」
「ちょっと! 縁起でもない。せっかくのお花見が台無しじゃないですか」
 高平も顔をしかめ、「もうビールはおしまい」と、迫田の手からグラスを奪おうとした。そうはさせじと迫田が抵抗し、高平と言い合いになった。藤堂は我関せずとスマホで桜の木や重箱の料理を撮影し、バロンはゴザの前を走り回っている。そんなみんなの様子を、伊達が楽しげに見守る。
 かすかな風が吹いて桜の花びらが散り、ゴザの上に戻った惣一郎の深緑色のエプロンにも、ひとひらが舞い落ちた。間もなく四月。朝晩はまだ冷えるが、正午過ぎの今はぽかぽかと温かく、空には雲一つない。
 この花見は、伊達がメゾン・ド・ポリスを始めた時から続く春の行事だという。惣一郎が参加するのも三度目で、新聞やニュースで桜の開花予想日をチェックしたり、料理や酒の準備をしたりするのにもすっかり慣れた。高平には、「メゾン・ド・ポリスの宴会部長」と評されたが、「褒められてる気がしない。そもそも『宴会部長』はそういう意味じゃないし」と複雑だ。
 騒ぎが鎮まり、惣一郎もゴザに座ってビールを飲み、料理を食べた。と、迫田が横を向いてぼそりと言った。
「ひよっこが、男連れで、やって来た」
「残念。季語も入ってないし、さすがにそれは俳句じゃないですね」
 調子よく突っ込んだ高平だったが、迫田と同じ方を見るなり立ち上がった。
「あら。ひよりさん、いらっしゃい」
 その言葉に藤堂と伊達、惣一郎も首を回す。
 庭の入口にベージュのパンツスーツを着たまきひよりが立っていた。隣には、ダークスーツ姿の男もいる。
「こんにちは。チャイムを押したんですけど応答がなかったので、お邪魔しちゃいました」
 ひよりが頭を下げ、隣の男も一礼した。高平はゴザを降りてサンダルを履き、ひよりたちに歩み寄った。
「来てくれたの? 嬉しい。昨日誘った時は、『仕事があるから』って言ってたでしょ。ま、とにかく座って座って」
 まくし立てて引っ張って行こうとする高平を、ひよりは首を横に振って止めた。
「いえ。今日も仕事なんです……こちら、本庁特命捜査対策室のたまおき警部です。迫田さんにお聞きしたいことがあるそうで、お連れしました」
「特命班?」
 グラスを置き、迫田は玉置というらしい男を見た。警視庁特命捜査対策室、通称・特命班は過去に発生した未解決事件の捜査を担当する部署だ。
 会釈して、玉置が進み出た。
「突然お邪魔して申し訳ありません。玉置です。昨夜起きた殺人事件の被害者の所持品が、迫田さんが過去に捜査された事件の現場から持ち去られたものと判明しました。迫田さんは既に退職されていますし、ご迷惑は承知の上ですが、当時のお話を伺わせていただけませんでしょうか」
 小柄で童顔。歳は三十ぐらいだろうか。丸く黒目がちな目がしばいぬほう彿ふつとさせる。言葉は丁寧だが圧を含んでおり、身のこなしにも隙がなかった。
 返事の代わりに高平に、
「水だ。酔いをますぞ」
 と告げ、迫田はすっくと立ち上がった。ゴザを降りてサンダルを履き、後ろのメゾン・ド・ポリスの居間に向かう。顔つきも歩き方も、完全に「」のそれになっていた。
「わかりました……夏目さん、後はよろしくね」
 振り返って言い、高平は玉置とひよりを玄関にいざなう。
「僕は緑茶をもらおうかな。緑茶には利尿作用があるカリウムやカフェイン、アルコールの分解を促進するビタミンCが含まれているからね」
 藤堂も惣一郎に告げて立ち上がり、白衣の裾を翻して居間に向かった。「はい」と返し、惣一郎も腰を上げた。
「伊達さん。部屋に戻りましょう」
 声をかけたが、伊達は無反応。割り箸と料理の皿を手にしたまま、玄関に通じるみちを歩いて行く玉置とひよりの背中を見ている。
「伊達さん?」
 聞こえなかったのかと顔を覗くと、伊達は振り向いた。いつもの笑顔になり、「はいはい。バロン、おいで」と手招きをする。わんと短く鳴いて、バロンがこちらに駆け寄って来た。
 まず伊達とバロンを居間に連れて行き、庭に戻って花見の後片付けをした。料理や酒を玄関から屋敷のキッチンに運び、惣一郎も居間に向かう。
 天井が吹き抜けの広々とした居間の中央に置かれたソファに藤堂が腰掛け、迫田はドアの脇にある暖炉の前であぐらを搔き、伊達は庭に面した掃き出し窓の前の安楽椅子に座り、足下にはバロン、とみんなが定位置に付いている。玉置はソファの脇のみんなを見渡せる位置に立ち、その後ろにひよりがいる。
 ミネラルウォーターを飲み干し、迫田は二リットルのペットボトルを床に置いて玉置を見た。
「待たせたな。なんでもいてくれ」
「はい」
「僕たちにはお構いなく。オブザーバーとして、意見は挟ませてもらうかもしれないけど」
 訊かれてもいないのに藤堂が告げる。スラックスの脚を組み、緑茶が入っているらしき湯飲みを手にしている。傍らには、ステンレス製のポットを抱えた高平もいた。
 惣一郎が自分の定位置であるドアの脇に立つと、玉置は話しだした。
「昨夜午後七時過ぎ。台東区きよかわ三丁目の簡易宿泊所・そうから、『客の男性が刺された』という通報がありました。浅草中央署の署員が駆けつけたところ、一階の客室で首と脇腹から血を流して死亡しているもりしんぺいさん、六十歳を発見。室内には血の付いた包丁を所持した菅谷源一という六十三歳の自称・解体工の男もおり、犯行を認めたため署に連行、午後十一時過ぎに殺人容疑で逮捕しました」
 一旦言葉を切り、玉置は確認するように迫田に目を向けた。迫田は問うた。
「その事件なら、今朝ニュースで見た。俺が過去に捜査したどの事件とつながるんだ?」
「二○○八年の『菖蒲あやめちよう医師強殺事件』です。森井さんが身につけていた腕時計が、事件の被害者のものだと判明しました」
 玉置が即答すると、迫田ははっとした。
「菖蒲町医師強殺事件。なんとなくは覚えてるけど……どんな事件だっけ?」
 藤堂に振られ惣一郎が記憶を辿たどろうとすると、迫田が言った。

(つづく)

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May 16, 2020 at 05:00AM
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