井上芳雄です。NIKKEI STYLEから日経クロストレンドに引っ越してきました。こちらでも月2回のペースで連載します。今年もよろしくお願いします。さて、昨年の12月は『2022FNS歌謡祭』(フジテレビ系)と『第12回明石家紅白!』(NHK総合)の歌番組に出演しました。『FNS歌謡祭』では韓国でミュージカル俳優として大活躍しているジュンスさんと共演、『明石家紅白!』では明石家さんまさんから司会術を学ばせていただきました。
『FNS歌謡祭』では以前からミュージカルのコーナーを設けていただき、僕も毎年のように呼んでいただいています。昨今ミュージカルが一般に浸透してきたのは、そうやってテレビで取り上げてもらっていることが大きいと思うので、とてもありがたいことです。昨年は12月7日に放送された第1夜で、ジュンスさんと共演しました。彼は今、韓国ではミュージカルのトップスターです。今回曲を一緒に歌った『モーツァルト!』や『エリザベート』をはじめ、ずっといろいろなミュージカルに出られています。
ジュンスさんがミュージカルデビューしたのは2010年。韓国での『モーツァルト!』初演でした。僕はそれを見に行って、楽屋で初めてお会いしました。「日本からいらっしゃって、お疲れじゃないですか」と言ってくれたのですが、1日2回公演の日でジュンスさんのほうが疲れているだろうに、優しい人だなと思ったのを覚えています。それ以来の久しぶりの再会なので、うれしかったですね。
『モーツァルト!』から『僕こそ音楽』、『エリザベート』から『闇が広がる』の2曲を一緒に歌いました。『闇が広がる』は黄泉(よみ)の帝王トートと皇太子ルドルフのデュエットですが、ジュンスさんがトート、僕がルドルフのパートを歌いました。12年前に僕が『モーツァルト!』を見たときのジュンスさんは、どちらかというとロック的な、ハスキーで迫力のある歌声。それでいて高い音もちゃんと出て、声のレンジが広く、すてきでした。今回は全力で、エネルギーを込めて歌われているのが印象的でした。すっかりミュージカル俳優となって、自分の表現をしっかり身につけたように感じます。
視聴者の方の反響で大きかったのが、ジュンスさんのトートが、日本でのトートとはだいぶイメージが違うこと。シャウトしたり、高笑いしてみたり、力強いエネルギッシュなトートに、日本の『エリザベート』しか知らない人はびっくりしたでしょう。僕はすごく面白いと思って、一緒に歌っていてすごく引っ張られるところがありました。『闇が広がる』を日本語で歌うのは初めてだとおっしゃっていたから、大変だったと思います。それでも、歌う前に「ここで叫んだり、笑ったりしますけど、大丈夫ですか」と確認してくれて、とても礼儀正しくて、紳士的でした。
日本のトートは、もともと宝塚歌劇団での上演から始まっていることもあって、長髪で甘美なイメージが強いように思います。人外感を重んじているというか、代々そういうふうに演じられてきました。本国ウィーンでのトートはどちらかというと、ジュンスさんがやられたようなエネルギッシュで激しい感じです。髪の長さも、韓国では今のジュンスさんくらいの感じでやられていると思うし、日韓ではトートの在り方がちょっと違います。でも、こうしなければいけないと決まっているわけではないし、どんなトートであっても、成立していればいいはずなので、そういう意味でもとても刺激的でした。
ジュンスさんは本当に謙虚な方で、「一緒にやれてうれしいです、ありがとう」と言ってくれました。お互いに連絡先も交換して、韓国に行くことがあれば会いたいし、日本に来たら教えてくださいね、とも。日本でミュージカルをやりたいという気持ちもきっとあるのでしょう。
それこそジュンスさんが始められた当時は、韓国でもミュージカルの人気が本格的になり始めたころで、韓国の俳優さんが勉強のためか、たくさん日本へ観劇に来ていました。そこから国を挙げて文化を後押ししていき、ミュージカルでもいい人材が育ち、アメリカで勉強して戻ってきている人も多いようです。韓国の他のエンタメと同様に、この10年間でミュージカル市場も伸び率がすごく、今はいろんな作品を上演しています。ジュンスさんに聞くと、『ウエスト・サイド・ストーリー』をやりながら、『エリザベート』の地方公演にも出ているそうです。交互に出演しているみたいで、日本ではそういった掛け持ちはないので、韓国特有のやり方のようです。ジュンスさんのようなスターがどちらにも出ることで、観客の裾野がどんどん広がっているのではないでしょうか。
韓国オリジナルミュージカルの新作もたくさんつくられています。とにかくやってみようという意欲が強いし、自分たちのものにしていく速度も速いから、見習うところも多いと思います。僕は韓国のオリジナルミュージカルに出たことがまだないですが、機会があればやってみたいですね。歌唱力のある俳優さんが多いからでしょうけど、難しい曲が多いイメージがあるので、また新しいチャレンジになるでしょうけど。
明石家さんまさんに学ぶ司会の極意
12月17日には『第12回 明石家紅白!』が放送されました。本家の『紅白歌合戦』にはまだ出たことないのですが、『明石家紅白!』に呼んでもらえてうれしかったです。明石家さんまさんがMCの音楽特番です。僕は、ピアニストの清塚信也さんとのコラボで、さんまさんの『アミダばばあの唄』をミュージカル・アレンジで歌ったあと、ミュージカル名曲スペシャルメドレーとして『メモリー』と『雨に唄えば』を歌い、一緒にコーナーを盛り上げました。
『メモリー』と『雨に唄えば』は、演劇にも詳しいさんまさんがお好きだという2曲です。視聴者の方にもミュージカルの入門編になる曲だと思うので、うれしい選曲でした。清塚さんとのコラボは、一緒に音楽をつくっていく感じでした。ジャズとまではいかないけど、アドリブに近い要素が多く、キャッチボールのしがいがありました。清塚さんが弾きたいテンポやリズムに対して、僕はこうしたいという気持ちを歌いながら伝えていきます。途中でピアノの音の強弱やリズムが変わるので、「そう来たか。じゃあ、こう歌おう」と、僕も強弱やリズムを変えて歌ったりして、とても楽しかったです。
清塚さんも僕も司会をするので、さんまさんに司会の極意をうかがうコーナーがありました。僕は『行列のできる相談所』(日本テレビ系)の特番で、さんまさんの司会を間近で見て、驚いたことが2つありました。その疑問をぶつけてみました。1つは、さんまさんが本番中に台本を見ないこと。もう1つは、司会中に動き回ることです。すると、思いのほかちゃんと答えてくださり、まず台本を見ないのは、「少しでもアクシデントを起こしたいから」。前の世代がきっちり台本通りに司会をしていたから、逆に打ち合わせをしないことで、自分のスタイルをつくろうとしたそうです。動き回るのは「テレビは動いたほうが絵的に変化が起こるから」。視聴者にどう見えるかを考えての計算ずくのアクションで、やっぱりちゃんと理由があるんだと納得しました。
番組には、工藤静香さん、JO1さん、天童よしみさん、FUNKY MONKEY BΛBY'Sさん(50音順)もゲストで出られていました。さんまさんによると、お笑い芸人の方が歌番組の司会をするのは、昔は考えられなかったそうです。そこを切り開いていったのがさんまさんだと思うので、演歌、アイドル、ロックなどいろんなジャンルの方とのトークをどう回しているのかは、勉強になりました。さんまさんは「まき餌(え)をまく」と表現されましたが、まずゲストの方にいろんな話題を振っておき、どの話に反応するかを見極めて、トークを深めていきます。今回なら、天童さんや工藤さんは昔から知っているから、話すことに困らないと思うんです。でも、JO1さんとはグループとして初共演だったので、“吉本”という共通点から話を広げたり、メンバーの変わった特技にツッコんだりして、場を盛り上げていきました。実際に、こうやって回しているんだなと思いましたね。
さんまさんとゲストがそれぞれトークしている間、ほかの人はひな壇みたいな席にずっといるのですが、それは歌番組では珍しいと思います。『行列~』のようなバラエティー番組はそのスタイルなので、ほかのゲストの話にも積極的に参加したほうがいいのかなと思って、僕もガヤというか、「おいおい」みたいな発言をできる限りしました。僕が『行列~』の司会をやるときは、周りが合いの手を入れてくれたほうがやりやすいので。でも、ほかのミュージシャンの方を見ると、そういう感じでもなかったですね(笑)。そこは歌番組とバラエティー番組の違いかもしれません。
『行列のできる相談所』の司会で目指す場所
僕の司会業ということでは、その『行列~』に加わってから半年くらいでしょうか。ミュージカル特集をやらせていただいたり、司会も4~5回やったりしたのかな。まだ慣れないところはあるのですが、レギュラーの皆さんとも少しずつなじんで、東野幸治さん、後藤輝基さんの司会もすごく勉強になるので、僕のスキルも確実に上がっているとは思います。ただ、まだまだ追いつかない。あらためて、すごいところに入れてもらったなと感じています。番組のプロデューサーの方からは「井上さんは、力みがなくて、自然にやっているところがいいんです」と言われました。そう思っていただけているなら、ありがたいことです。
だから、さんまさんのような司会はもちろんできないし、芸人さんのようにもできないけど、そこは求められてないんだなと。ちょっと毛色の変わった司会を、自分なりにできるようになれば、それが僕のスタイルだし、そこを目指せばいいのかなと思っています。
『夢をかける』 井上芳雄・著
(2020年12月21日発売/発行:日経BP/発売:日経BPマーケティング/定価2970円(10%税込))
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